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北アルプス 北鎌尾根縦走

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 天気さえ良ければ北鎌は越えられる、いや、途中でビバークもあるかもしれない、いや、そりよりも体力がもつのだろうか、水は足りるのだろうか、ルートファインディングは上手くいくのだろうか、果たして槍の穂先に辿り着くことができるのだろうか。


 
■大天井ヒュッテ~貧乏沢下降~天上沢~北鎌沢出合~右俣出合

 貧乏沢の入口にはヘッドランプの明かりでも見まごう事も無い指導標が立っている。まだ明けやらぬ4時20分。ハイ松の切り開きは、北鎌尾根への恐れや期待や不安が交錯する一瞬の黒い空間でもあった。

 ハイ松の朝露に濡れながら、しっかりとした踏跡をたどり、急降下に下る。
 やがて河原のゴーロ歩きとハイ松の高巻き下りを繰り返しながら踏み跡を外さないように行くと右側から滝が流れこんでくる。ここまででほぼ半分の行程である。朝食を抜いてここまで来たが、空腹でバテそうになったので、たまらず滝の少し下で朝食にする。

 Nobさんは快調らしく、天上沢出合で朝食と考えていたらしいが、僕はもうバテが始まってしまった。大天井ヒュッテを一番に出てきたと言うのに。その間に、黄色いフリースの若い単独行者に抜かれ、後続の6人パーティにも抜かれてしまった。天上沢出合で朝食の準備をしている先ほどの6人パーティを追い越して天上沢に入る。天上沢と貧乏沢の出合は狭かったが、天上沢に入ると広い河原が開けていた。青いテントが一張り張ってあったがどういう行程なのだろうか。

 「天上沢を左岸に渡り・・・」というガイドブックに従って、飛び石伝いに渡ったが、失敗して、沢の中で四つん這いになってしまうテイタラク、靴下をギュウギュウ絞ってもまだ水が入ってグチャグチャいう、あぁ、情けない、これから先どうしたら良いのだろうかと一人不安になる。

 暫く行くと沢は伏流になって、何も無理して水の中に入ることも無く左岸沿いに行ける。やがて土砂の堆積したところが北鎌沢の出合である。ケルンは無かったが赤布が何枚も下がっていて間違えることはない。黄色いフリースの単独行者が上の方に見える。10分ほど行くと右俣。ケルン、赤布があり直ぐに分かる。

 左俣の豊富な水流で水筒を満たし気合をいれる。「竜少年、バテたら言って。」と優しい励ましに勇気がでる。

大天井ヒュッテ03:55~貧乏沢下降点04:20~天上沢出合06:50~北鎌沢出合07:25~右俣出合07:35


■右俣出合~北鎌沢のコル

 北鎌尾根への最初の核心部だと覚悟する。それは、左岸に行き過ぎて行き詰まり支尾根のイヤな草付きをトラバースして苦労した、という記録を目にしているからだ。

 左に行かないように、右側を選びながらゆっくりと高度を上げていく。
 途中支流と思われる沢が入ってきているが判然とせず、中の島のような感じのところがあるが、そこも右へ右へとルートをとっていく。

 やがて対岸の貧乏沢と同じくらいの高度になって、北鎌沢のコルに飛び出す。ここの登りで狙いどおり迷わずにコルに出られたのでホットした。

右俣出合07:35~北鎌沢のコル09:25


■北鎌沢のコル~独標~P11

 ようやく北鎌のコルで全行程の半分ほどになったか。対岸の貧乏沢の下降点とほぼ同じ位の高度になった。先を行く黄色いフリースの姿は全く見えず、6人パーティも上がってくる様子はない。 
 大休止をとり、登攀具を付けヘルメットを被り出発する。レリーフの横を登り痩せ尾根にでるがしっかりした踏み跡が続きP8へでる。目の前には聳え立つ独標が天狗の腰掛けの遥か上に突っ立ている。稜線は切れ切れになっているのが見え何処を登っていくのだろうかと不安になる。

 P8から巻き道が始まる。独標の正面は岩壁が屹立していてとても登る気は起こらない。独標の千丈沢側基部の細いバンドを難なく回りこむ。なおもガレ場を右上。私たちの前に中年の男女ペアが登っている。あの人たちは確か穂高の駅で中房温泉までタクシーに相乗りした二人だ。5mくらいのチムニー状に黄色い残置ロープ下がり、後ろの女性の方が乗り込みに苦労している、何度かトライしたが登れないので、下からサポートして越えて貰った。

 聞けば昨日は天上沢出合にテントを張ったとか。ここで彼らよりも先行させて貰う。
 基本的に踏み跡は岩壁の基部を巻くこととなる。何度か千丈沢側を巻いてP11に上がる。いつの間にか独標を過ぎてしまったようだ。ガスの切れ間から初めて槍ヶ岳本峰が姿を現す。寒気がするほどの圧倒的な槍ヶ岳である。

北鎌沢のコル09:50~P11 12:20
 

■P11~北鎌平~大槍基部

 P11からは、岩壁の基部を巻く。ともすれば崩れやすいガレ場に誘い込まれ、またハングした岩場に行く手を阻まれる。Nobさんと話した事は『手と足で下れない所は登ってはいけない、ルートではない。』『浮石の多いルートはルートではない。』この二つの言葉がどれほどルートファインディングの基準になったことか。

 岩壁の基部を巻く、と一口に言っても、一旦、基部に沿って下りながら千丈沢側を巻き、再びピーク先の稜線直下まで上がるという行程を大小幾つもあるピークを行くのである。

 ハーケン2本に紫色の少し長めのスリングが掛かった個所の手前で一息入れていると、先ほどの中年ペアがスリングとお助け紐を上手く使って10mほど斜めに下っていった。「竜少年、ここはロープ出さなくても大丈夫だ、俺が先行するから、行くぜ。」とNobさんがフリーで下る。それに勇気を得て下る。また、少し先で彼らより先行させて貰う。

 既にP11を出てから2時間以上を経過しているが、北鎌平は出てこない。途中テント一張り程度のサイトは幾つかあったが、北鎌平らしきところは一向に現れない。北鎌平に着けば先は見えてくると思うからだ。
 
 しばらく行くと、斜めに切れ落ちたフェース状の急斜面に出会う。フリーで下りられない事はない、あるいは横のルンゼ状を使って下りるか、と暫し考える。

 ハーケンが二本、紫色の10ミリのテープスリングと5ミリの青いロープスリングが掛かっている。下降距離約10m位か。その下は目も眩みそうな斜面が続いている。Nobさんの「安全には安全を」の言葉で結局懸垂下降で降りる。

 思えばその懸垂下降から大槍の基部までが核心中の核心であった。懸垂下降を終わり、再び岩壁の基部を回りこみ、狭いルンゼ状に入る。明瞭な踏み跡は左上して稜線に上がっている。もう一つは右に巻いているが、ちょっとしたクライミングを強いられるので一旦、稜線にあがる。

 稜線通しにクライミングで登れないことはないが、『稜線通しは懸垂下降があるからいってはいけない。』というもう一つの言葉が登るのを躊躇させる。右に巻いて仕方なくクライミングの方を選ぶ。顔が岩を越して向こうが見えると、あった、「Nobさん、あった、踏み跡があったぜ。」
 例の男女ペアの姿はお助け紐で懸垂下降を下っているのが見える。この後この二人を見ることは無かった。

 踏み跡をたどって行くとルートが交錯する、注意をして廻りをみると、ケルンがみえホットする、肝心な所には、小さいけれどケルンがルートの正しさを教えてくれていた。バテ気味の竜少年をNobさんは「あそこのケルンについたら休もう。」と何度も励ましてくれる。

 やがて、大槍が子槍を従え、悠然とガスの中から姿を現す、というより見たことも無い圧倒的な大迫力で覆い被さるように頭上に真っ黒い姿を現す。
 しかし、槍の基部に行くにはどうしたら良いのだろうか。踏み跡を拾い拾い行くと後ろでNobさんが「竜少年、あった、槍の基部にケルンだ。」
P11 12:30~槍ヶ岳基部15:55


■大槍基部~槍ヶ岳山頂
 大槍の稜線を2/3程ほぼ真っ直ぐに登り、右へ斜上すると、グリーンの残置ロープの下がったチムニーが現れた。5~6m位いか、真っ直ぐ立ったチムニーだ。最後にしてここを登るのか、と思っても攀る勇気が湧かない。奥の暗いチムニーに一本の古びた緑の残置ロープが垂れ下がっている。これを登れるのか、何度も何度も自分に問い掛ける。行こう、いやダメだ、いや・・・。

 リッジの左側を左上すると、人の顔が見える。あと一手、あと一手だ、あと一手だ。Nobさんと殆ど同時に祠の後ろから槍ヶ岳の山頂に手を掛けた。
 「Nobさん、やった!」「竜少年、やりましたね!」すると、山頂にいた登山者たちから期せずして一斉に大きな拍手が沸き、思わず頬の筋肉が緩み、どうして良いか分からなかった。

大槍基部15:55~16:30

(竜少年 記)



■感想
 北鎌尾根には、何度か計画のチャンスがあったが、まだ自分には北鎌尾根を登る力はない、もっと体力やクライミング力や総合的な山の力をつけなければ北鎌尾根を狙うなんて10年は早い、と思いつづけていた。

 また、北鎌尾根を登った人の意見は各々で、「あ、簡単!」なんて山を恐れぬ大馬鹿者もいたりして迷うことしきりであった。

 当初は滝谷ドーム中央稜という大きな目標があったので(並行して北鎌尾根という計画も出つつあった)、室内壁でもイレブンに触ったり、小川山では易しいお買い得10aルートであったがリードできるところまでクライミング力をつけ、時間には関係が無いけれど12キロを走れるようになった。

 北鎌尾根の2週間前には白馬岳縦走でトレーニングもできた積りであった。
 しかし、12キロを走る体力も白馬岳縦走のトレーニングも北鎌尾根では全く役に立たず、バテバテでパートナーのNobさんには、迷惑を掛けてしまったようだ。

 さて、北鎌尾根の縦走であるが、結論的に言えば、50歳台最後にして出来たことは嬉しい事だし、もう出来ないだろう、と思う。

 ルートファインディングについて言えば、天候に恵まれて、遠見が効くので非常にやりやすかったが、どうしていいか内心途方に呉れた事も無い、と言えば嘘になろうか。

 上手くいったのは、一番にはやはりパートナーとの意見交換ではなかったかと思う。
 右、左と意見が分かれれば、どうして右なのだろうか、なぜ左なのだろうか、それでは、実証しよう、確かに、そのとおりだと思われる。では、そうしよう。といったことで大きな間違えも無く、超えられたと思う。

 それからクライミング力はこの縦走では大きな力になったと思う。目の前に岩が現れたとき、行き詰まったのか、ルートなのか判然としない場合、登って降りられるルートかの見極めが非常に大事であった。『登って降りられるルートがルートである』『浮石の多いルートはルートじゃない』というインターネットで仕入れた二つのアドバイスが非常に貴重であった。

 水に関しては、実際は1.7リットル程飲んだが、3リットル持参したので、まだまだ水はたっぷり飲める、という安心感は非常に心強かった。

 軽量化については、これ以上軽量化すると、危ない、という所まで軽量化したつもりだ。僕の場合水3リットルを入れても約8キロといったところか。
最後に、本当に天候に恵まれて登らせて貰えたことと何といっても心強いパートナーがいてくれたからだ、と感謝している。北鎌尾根よありがとう。(竜少年 記)

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