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奥多摩 第9回 日本山岳耐久レースに参加して

軽い気持ちで参加申し込みしたのが7月中旬、それから週2回ランニングをする程度の準備でしたが、それでも本番が近づくにつれてモチベーションが高まってきて当日を迎えました。



■行動記録
 稜渓のWさんも出場しているはずなので、参加選手名簿のゼッケン番号を頼りに捜しだして(実際にお目にかかるのは初めてのため)、挨拶を交わす。
 Wさんからは靴ヒモを内側に入れてほどけないようにとのベテランらしいアドバイスを受ける。

 スタート時(13時)だけはWさんと並んで走るが、たちまち引き離されて当然のことながら、最後まで後ろ姿を見ることさえできなかった。

 レースの方はグラウンドを周回した後、広徳寺までの舗装路を進む。沿道からは市民の声援も受け、こんなことは初めての経験なのでちょっぴりいい気分であった。先頭グループのスピードはさすがに早く、ついていくのも容易でない。急斜面にさしかかるとスピードは落ちるが、少しでも傾斜が緩くなると一気に加速されるのには参った。

 体力を温存できる余裕は全くなく、スピードについていけず一人二人と脱落していく様はまさにサバイバルレースであった。それでも10キロ近くまでは先頭集団についていったが、完全にオーバーペースであったため、ふくろはぎに痙攣が起きて脱落せざるをえなくなってしまった。痙攣は左右両方に、さらには太ももにも発生したため、立ち止まってマッサージをし、とっておきのドリンク剤を早くも使用する。目の前を次から次へと選手が通り過ぎて行くがいかんともしがたい。

 痙攣が少し収まってきたので歩き始めると、再び痙攣が起きる。枝を拾って杖代わりとし、痙攣している足の方に体重がかからないようにしてマッサージしながらだましだまし登っていく。牛歩のような歩みで何人に抜かれたかわからない。おまけに古傷の左足のネンザをかばうためによく起きる右足の膝の痛みが早くも現れてきた。リタイアしようかという気持ちと限界まで頑張ろうという気持ちが入り乱れる。

 膝の痛みはがまんできないほどではないので、この際は無視するとして、筋肉疲労の方は調子が出るまではしばらくはペースダウンして様子をみることにする。

 いつもの山行でも調子が出るのは歩き始めて3時間くらいたってからであるが、今回も16時半に20キロ地点(全長は72キロ)を通過する頃には痙攣もおさまって調子もあがり、しばらくして夕闇せまる第一関門に到着することができた。ここでアンドーナツを少々食べてからヘッドランプをつけて、本コースの最高峰である三頭山を目指して、コース中で最大の難関といわれる笹尾根の長い長い尾根を進んでいく。この頃にはかなり調子も上がって何人も抜くことができ、リタイアの心配は消し飛んでしまった。

 三頭山には20時過ぎに到着。この分では15時間を切ることもできるかと希望がわいてくる。係りの人が「もう登りでたいへんなのは御前山だけですよ」といっているのを真に受けて、後で苦労することになる。三頭山から鞘口峠までは標高差400メートルの一気の下降である。暗闇の中の急坂の下降は難しい。なんどかスリップしかけながらも、鞘口峠を越えて月夜見山の第二関門に10時過ぎに到着。ここで係りの人から1.5リッターの水分の補給を受け、充分な休息をとりながら大福やゼリーで栄養をつけてから後半のレースに向かう。

 御前山に着く前あたりから雨が降りだし、23時半に登頂。時間的には15時間を切るのは難しくなってくる。大ダワに降りてから大岳山に向かう。三頭山での係りの人の言葉から大岳山はたいした登りではないと勝手に思いこんでしまったが、実際にはいつまでたっても頂上につかないため、精神的な面からの疲労が濃くなり、頂上直下の岩場ではスリップするはめとなったりして大いに苦労する。

 大岳山登頂は2時、疲労困憊の極に達していた。雨が止んでくれたのがせめてもの救いであったが、御岳山に向かう下りでは疲労のため足が前に進まず、おそらくガイドブックの標準タイムと大差ない時間がかかってしまったようである。御岳山の先では第三関門を通過するが、ここでは休みをとらずに先を急ぐ。早く日の出山に到着したい一心であったため、途中でコースをとり違え10分くらいのロスをしてしまう。 

 日の出山到着は4時。出発から丁度15時間である。タイムの目標も失われて無気力状態となったため、ネンザの箇所や膝も痛みだして、ますます歩みが遅くなる。次々と後続選手に抜かれてゆくが、抜きかえそうとする元気もでない。五日市の町が足下に見え、夜が明けてくる。「公約」の夜明け前のゴールもできなかったなあと無念さを噛みしめる。そのとき、ゴールまであと5キロの垂れ幕が目に入る。

時計をみると5時15分、今から頑張れば16時間台はなんとか確保できるだろうという希望がわいてくると、痛みをこらえて坂道を駆け下る元気が出てきた。足をひきずりながら坂道を駆け下る姿はさぞ無様に見えたでしょうが、おかげで舗装路に出るまでは後続に抜かれずに済む。

 舗装路に出てゴール間近となったところで、後続の選手に抜かれる。負けじ魂に火がついて抜きかえそうとするが、その選手は本格的なランナーの格好をした人だったため、今のコンディションでは勝ち目がないことを悟って、最後の余力はゴールまでとっておくことにする。ゴールの記録は16時間51分、順位は参加選手1091人(うち、完走者724人)中233位であった。記録的には不満は残ったが、全力を出し尽くしたという爽快さを味わいながら、早朝の会場を後にした。



■感想と反省 … そして次回に向けて
 初めて参加した感想としては実にやり甲斐のあるレースでした。記録短縮の見込みがある限り、今後も参加し続けたいと思っています。アルパインのような生死がかかわっていないだけにスポーツのような感覚で気軽に参加でき、完走後の充実感はアルパインクライミング成功後のそれに勝るとも劣りません。体力的にはたしかにキツイですが、せいぜい10数時間の辛抱です。それに一人だけならばやっていられませんが、みんなも苦しいのだと思うと、苦しさにも耐えられます。

 次に反省すべきことや気づいた点としては、トレーニング方法の見直しが必要だということです。一定レベルの成果をあげるためには漫然としたトレーニングでは駄目で目的に特化したトレーニングが必要です。

 足に弱点のある私は大幅な記録更新は難しいですが、有効なトレーニングを積み重ねていけば13時間台は可能であると思います。とりあえ来年は今年できなかった15時間を切ることを第一目標とします。ただ単に15時間を目指すだけならば前半セーブして後半に体力を温存すれば可能でしょうが、それではさらなる記録更新の見込みが薄くなるので、前半のトップ集団のスピードについていきながら、後半にも余力を残せるだけの体力をつけるようなトレーニング方法を模索したいと考えています。

 装備に関しては特に問題となることはありませんでした。ストックを持っていくべきか最後まで迷いましたが、使わないときには邪魔になるので、今回のように必要なときは枝を拾って代用するということでも充分でした。ヘッドランプは2ケ持っていきましたが、通常はひとつだけで用は足りるものの、電池の入れ替えや下りのことを考えると正解でした。防寒具は頭から被るタイプを持参しましたが、ヘッドランプをつけたまま素早く着脱することを考えると、羽織るタイプの方が良かったかなとも思います。

 水は2リットルの携行が義務づけられますが、チェック後に0.75リットルの容器はスポーツドリンクに詰め換え、0.3リットルのペットボトルは栄養ドリンク剤2本分に詰め替えて1リットルの容器は水だけとしました。今回は過不足のない丁度よい量でしたが、スタート時の天候しだいではもう少し持っていた方がよかったかもしれません。食料は若干余りましたが、この程度は仕方ないでしょう。(記 vibram)

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