.トップページ -> 技術経験の交流 -> 二子山西岳中央稜 ヒヤリハット記

*掲載内容についての注意がございますのでこちらをご覧下さい→

二子山西岳中央稜 ヒヤリハット記

■ 二子山中央稜へ
80年代初頭に開拓された高難度マルチピッチの経験を積んでみるかなということで、かねてから目をつけていた二子山中央稜とその周辺のルートにトライした。

スーパータジヤン(10C~11a)1ピッチ目と中央稜核心部2,3ピッチ目(5.8)をつなげてみようと試みた。

10月15日は、谷川岳マチガ沢東南稜が霧雨でダメになり、早朝二子山中央稜に転戦したが、こちらも雨が朝止んだような状態で、結果は、なかなか厳しいクライミングで、予期せぬ恐怖におののく。なによりも、クライミングの時間がその事実を語っている。

■ スーパータジヤン・拡散する内宇宙(10C)とその終了点から中央稜2ピッチ目開始点(5.9~10a)へ

 スーパータジヤン・拡散する内宇宙終了点から中央稜2ピッチ目開始点
 (ボルトルート、20m 5.10c)(フレンズ、10m 5.9?)
錦少年15分、フリー、2テンション
ルート経験あり
25分、フリー、ノーテンション
ルート経験なし
Nob20分、AO,A1、テンションあり
ルート経験なし
5分、ゴボー
ルート経験なし
MIKI10分、フリー、ノーテンション
ルート経験あり
5分、フリー、ノーテンション
ルート経験なし

10時30分、取り付きに着くが、こちらの岩場も濡れている。濡れているので落ちても大丈夫なボルトルート・スーパータジヤン・拡散する小宇宙を選んだ。

11時30分、錦少年リードでスタートする。

スーパータジヤン・拡散する小宇宙は出だしが同じである。最初、スーパータジヤンをのぼり、途中から右の拡散する小宇宙にうつりその終了点にいたる。

今回は濡れも少なく、テンションがかかったが、フリーで登れたので気分をよくする。それから、べっとり濡れたスラブを5mほどあがり、問題の左上バンドに達する。

まず、左上トラバースする箇所の上にあるクラック(5.8)に向けて少しのぼり、キャメロットの3番をセットする。

ロープの流れを良くし墜落距離を少なくするため、ロングスリングをかけクライムダウンして、いよいよ左上トラバースを開始する。前回使ったホールドがなくなり、あまいホールドでデリケートなムーブとなる。

怖くなり、引き返す。前回フォローしたMIKIさんは、ホールドが欠けたと言っていたなー!石灰岩はもろいことに突然気づく。

キャメロットの3番をセットしたクラックを調べるとなんとグズグズのモルタル状態で、とても信頼できる代物ではない。

改めて下を見ると、終了点のスリングも白く漂白状態である。ここで失敗すれば18mくらい落ち、グランドフォールは避けられたとしても重傷は避けられないという事態に、今ごろ気づく。

再度、クラックをのぼり、フレンズを3つセットして、均等荷重になるようスリングをかける。プロテクションの再設置に10分以上要し、やっと、デリケートなムーブを再開するが怖くて動けない。

また、引き返す。左足がミシンを踏んでいる。下では、MIKIさんとNobさんが楽しそうに話しているが、こちらは恐怖に捕らえられている。深呼吸して覚悟を定め、気持ちをまったく変え、精神力と手足だけ頼りに、トラバースを開始する。

ロープが重いのに悲鳴をあげる。やっとのことで5.9のトラバースを終了する。

岩塔で確保支点を強化し、Nobさんを確保する。Nobさんは、ザックを担ぎ、裏技を使いながら登ってくる。トラバースの箇所では、その悪さから、「ここは、10a位あるんじゃないの?」とNobさんは言ったが、私は5.9ぐらいかなとも思う。みんなの荷物をまとめて入れたザック担いでいるためであろう。このグレードでは、ザックはきつい。

MIKIさんは、完全なフリースタイルで素早くのぼってくる。それでも、一休みの後、クラックを登ってフレンズ3個を回収し、クライムダウン・トラバースをこなし、確保点に達する。完全なクライミングでとても、うれしそうである。

3人がテラスにそろったのは、1時である。このピッチだけで90分かかっている。先行パーティーの時間待ちもあり、休息する。

PageTop


■中央稜2ピッチ目(5.8)
(ボルトルート、20m)
錦少年 10分
Nob   10分
MIKI   8分

1時45分、錦少年、ようやくリードが開始できる。2ピッチ目(5.8、ボルトルート)は、中間支点もしっかりしていて、リードもフォローもあっという間である。

ザックは、MIKIさんが担ぐ。さきほどのルートに比べると、階段のようである。ここで、また、しばらく時間待ち。

■中央稜3ピッチ目(5.7~5.8)
(フレンズ・残置支点あり、40m)
錦少年 20分
Nob  10分
MIKI  15分 

2時25分、錦少年リード開始。1ピッチ目の経験から、残置ピトンや岩峰も使って慎重にプロテクションをとる。途中でギアが足りなくなって、クライムダウンして下のギアを回収する。ロープがL型になって、その重さに悩みながらも終了点へ。

Nobさんは、あっという間にフォローしてくる。このころには、晴れあがり西岳の壁の全容が見える。素晴らしい高度感である。

MIKIさんは、ザックを担いで、「疲れるよー!」いいながら登ってくる。3時過ぎに全員大テラスに集合する。先行2パーティーの時間待ちもあり、核心部もトレースしたので、ここまでとして、大休止。食事したり写真をとったりのんびり過ごす。素晴らしい高度感と景観に大満足。

PageTop


■下降
さて、下降だが、股峠への踏み跡経由で降りるか、懸垂するか、しばらく相談したが、踏み跡のことを私しか知らないのと、クライミングシューズで泥道歩くのがいやで、予定どおり懸垂とする。3時45分、懸垂準備開始。

登ってきたクラックは突起物があるので避け、ラップタイム側の平らなフェースを選び、木も選定し、結び目もフェース上部のでこぼこの下にもってくる。

さらに、下りながら障害物を点検し、一気に1ピッチ目終了点まで降りないで2ピッチ終了点でロープが動くことを確認し、ロープを1ピッチ目終了点まで降ろした。上の二人は、一気に1ピッチ目終了点まで降りてもらい、自分は2ピッチ終了点でロープを引き抜くことにした。

上の二人に「OK」とコールする前に念のため再度ロープをひっぱってみた。まったく、張り付いたように動かない。

当初、体か下のどこかに引っかかっているのかと思ったがそうでもない。ループをつくって波打たせようと試みたが、岩に張り付いたようである。

いいかげんにやって抜けないならともかく、これだけ完璧にやってこの事態で、パニックにおちいる。上の二人が外そうと動くのも危ないので、「上にあがるぞ!セルフビレイはとっているぞー!そう、クラックにそって登るぞ!早くしろー!青いロープだけでなく、黄色のロープもあげてよ!」と何度か叫ぶ。

ロープを落とさないよう2本ともハーネスに結び、さらに1ピッチ終了点まで落としてあったロープを肩に乗せる。こちらのあせりとパニックが上に伝染しロープ操作を著しく混乱させたらしく、登り始めようとしたとき、黄色ロープが落ちてくる。これには、本格的パニックになる。

ロープは落とさないが、下に落ちたロープがクラックに引っかかる可能性があるからだ。慎重にロープをひきあげ、肩に乗せ、のぼる。フォローの気楽さもあって、あっという間にのぼる。のぼりながら、「どうして落としたんだー!」と何回も怒鳴る。上に着いたら、MIKIさんが「落ち着いて、深呼吸しなさい!」と言って、肩のロープの整理を手伝ってくれる。

原因はよくわからないが、石灰岩特有の切れるような突起かポケットらしい。同じことをやっても、ロープを回収できないので、残る方法としては、「1本フィックスで50m懸垂して1ピッチ目終了点に至り、前回使用した木で20m懸垂」か「踏み跡を歩く」かのどちらかである。

中央稜右手は祠エリアの15mの壁以外は木の斜面と知っていたのでここを歩くことを選択する。

そんな情報の無いNobさんは、「大丈夫?」と不安の表情である。雨具、ヘッドランプ、食料、救急キットを用意してあるのだから、木のある斜面を確実に降りよう。

Nobさんが先頭で歩くが、ルート選定は最短で、股峠への踏み跡からピープルウォールへの踏み跡に移り、祠エリアの壁を避けて、最短で降りられたのには、驚きである。こんなには、うまく降りられない。祠エリアでは、若者がまだ登っている。

そこから、中央稜取り付きまで、また、迷う。まー、よく迷うエリアである。5時過ぎに無事到着。やれやれ!

PageTop


◆二子山スーパータジヤンから中央稜への事故可能性の分析◆

■分析にあったって

・事故可能性を事故可能性として扱うこと
事故は、そう簡単には起こらないものです。事故になりそうになった時、その対策をとるからです。しかし、その対策をとっていること自体が、すでに事故のプロセスに入っているとも言えそうです。

対策が一つしかなくなった状況は、事故発生直前なのでしょう。今回は、スーパータジヤン・拡散する小宇宙(10C)の終了点から中央稜2ピッチ目開始点へのリードは、事故発生ギリギリであり、深刻でした。

ロープ落下は、まだ数手対策があったので事故の入り口でしょう。こういった捉え方を意識的にするようになったのは、穂高岳沢の事故の深刻な経験からです。

クライミングでの小さな転落、ルートを間違える、リードやフォローでつまずく、クライミング時間が標準時間を大きく越えている、ロープ操作のミス、下降ルートを見失う、夜間に稜線からの下降、すべてが岳沢の事故以前に起きています。

しかも、このような状態がおきる山行形態は、かなり特定化される。にもかかわらず、それを事故可能性として捉えることを、岳沢の事故以前はしなかったのです。そのことが、岳沢の事故の背景となっています。

ぜひ、岳沢の事故報告書その2を読んでほしいものですし、事故可能性を事故可能性として捉える習慣を持ちたいものです。

・ 具体的な分析を
事故報告書によくみられますが、なぜそのようなことになったのか原因を具体的に考えないで、一般的知識を披露し、かくあるべきとの修身的言辞に終始している場合があります。

これでは、そこから何も生まれないのでは?事故可能性の具体的分析とその具体的対策を論じることが必要なのでは?

また、論じるにあたって、自分には異質の不慣れな視点を意識的に導入すべきなのでは?きまりきった、身についた、慣れた視点こそが、事故の背景となっていそうだからです。

PageTop


■ 精神集中による動作のコントロール
精神集中による動作のコントロールが、今回のずばぬけて危険だったスーパータジヤン・拡散する小宇宙(10C)の終了点から中央稜2ピッチ目開始点(5.9~10a)へのリードへの安全対策でした。外に方法がなかったので、そうしましたが、私の苦手な、きらっている、論外の、二度とやりたくない方法です。

私はボルトルートを除いて、ナチュラルプロテクションでは5.8まで、アルパインでは5.7までとグレードを限定しています。とりわけアルパインでは、その一番難しいピッチの2段階上のグレードを登れる、登ったところは降ることができる、信頼できる中間支点がある、ことをリードの前提としています。

今回も、スーパータジヤン・拡散する小宇宙の終了点からは、ナチュラルプロテクションルートのつもりで、フレンズ・スリングなどのギアを用意して、前述のシステムの枠内でリードしました。

核心部のトラバースで、石灰岩クラックでのフレンズが信頼できないことにやっと氣がつきましたとりあえず、従来のシステムの延長でフレンズを3個使い、均等荷重にして、この危険なリードを切り抜けようとしましたが、怖くて動けませんでした。

ややハングした壁の下にある外傾左上バンドに足をおき、あまいホールドに下向きの荷重をかけ、左のとおいあまいホールドをつかみ、そのホールドの形状にあわせ体を左にふり、足を踏み変え、両手で左のホールドをつかみ、少し左上してさらに左のホールドをつかみ、静かに上がる。この4手のムーブ(5.9)をコントロールして行えば落ちないはずですが、事実上8mぐらいランナウトしてのリードで左足がミシンを踏んでいました。

残った手段は、気持ちをまったく変え、深呼吸して覚悟を定めてのリードだけです。メンタル面では、まったく別の世界で、いままで私がやってきたクライミングとまったく異質のものです。

しかし、こっちの方がクライミングの本質かもしれません。フレンズ、岩塔、ボルト、ピトンでがっちり保護された、しかも自分の能力の余裕内でのクライミング、アルパインであれフリークライミングであれ、そういったクライミングをやっている限り、精神集中による動作のコントロールという安全対策―ロープシステムとは別の安全対策―をマスターできないのかもしれません。

岩を読み、ムーブを考え、つまったら安全点まで降り、一息いれて再度リードに着手。危険を受け入れ、危険を精神と肉体でカバーする。いや、まったく、しんどいクライミングです。

安全をロープシステムによるかクライミング能力を精神力によってコントロールすることによるか、この分け方はとっても本質的なことのようです。実際は、ロープシステムを基本としながらも、中間支点の間は、コントロールされたムーブを安全対策の方法とするのでしょう。

プロテクションがなんであれ、プロテクションに保護されて、クライミングをクライミング能力で解決するという原則を忘れていたようです。

今回の危なさは、最初は石灰岩に対する無知からきていると考えました。どうもそれは従たる原因で、主たる原因は、「クライミングをクライミング能力で解決するという原則を忘れていた」ことにあるようです。

PageTop


■ 原則に忠実で応用力のあるロープ操作
今回、懸垂下降の登り返しに、誤ってロープが1本落ちてくる事態がありました。その原因として、次の3つが考えられます。

・ ロープワーク以前の問題として、実力オーバーの行為を行ったことが背景にあると考えます。

ロープが抜けなくなって、私のあせったコールが上の二人に伝染したようでした。

あせったのは、経験をすべてつぎ込んだ理想的な懸垂下降の準備にも関わらず石灰岩には通用しなかった、1ピッチ目後半ランナウトで精神的に参っていた、夕方であった。

・ 日頃なにげなくやっているロープワークが違っていたのではないか?

・ あせった状況でもロープワークができるほど、習熟していなかったのではないか?

最初の一つについては、すでに述べてありますが、3時過ぎの下降なら最初から歩くべきだったのでしょう。大テラスでのんびりしないでさっさと降りるべきだったのでしょう。そもそも、11時30分の取り付きが遅いといえるでしょう。

後の二つについては、かなり問題は複雑です。ロープの片一方が落ちてきたのは、上下の3人で意思疎通がうまくできなかったからかもしれません。

メンバーが分散している時、メンバーがロープにどのように頼っているかわからないし、再度ロープを結びあえるかどうか不明なので、ロープはまず解きません。

クライマーとしてのロープワークは、長い経験でつくられてきたものであり、いったん結んだロープは絶対解かないのが、昔教わった基本で、いまもそれでよいと考えています。

今回、ロープを解いて二つに分けた時、もし私がロープに体重を掛ければ、私はロープとともに落下します。ロープを解くなら、先に二つのロープを仮固定してからです。

今回は、もちろん、私がセルフビレイをとっていることを上の二人がコールで確認してからロープを解いていますから、その意味では問題はないのですが。

ロープをハーネスや支点から解いてよいのは、次の3点が確認されたときではないでしょうか。


  1. 各メンバーがセルフビレイをとっている。
  2. ロープを仮固定する。
  3. 各人が再度ロープでつながれることが可能である。

この3点が確認できることはまずないので、ロープを解くことは、クライミング終了まで厳禁だと考えています。

1ピッチクライミング、バリエーションルート、壁のマルチピッチクライミングでは、ロープワークの基本思想が異なるはずですが。このあたりが、いくつかの見解があるのですが、どんなものなのでしょうか。

あの場合、懸垂の木にかけてあったスリング(下降開始までのセルフビレイ用で簡単かつ安全に手が届いたはずです)にカラビナをかけインクノットでロープを固定し、クラック終了点に支点をつくってやれば、懸垂支点の位置で確保できたのでは?

そう、しなかったのは、あせって早くしろとせかした私の言動、クライミングで疲れていた、さらにロープワークの応用経験の回数が、原因ではないでしょうか?

ロープワークの応用力は、基礎練習やルートを登るだけでは身につかないと思います。毎回のクライミングでの反省ノートをつくること、自分で支点をつくるナチュラルプロテクションルートを経験し、数多くの応用例を頭の中に焼き付けることと思います。

やきつけるといういう意味では、反省ノートでイメージトレするのが重要かなと信じています。

また、多くのテクニックを学習するのでなく、少数のテクニックを応用できるようにする。その経験に応じて、テクニックを増やしていくことかと思います。テクニックやギアは、クライミング能力と経験のバランスがとても重要ではないでしょうか?

錦少年 記

PageTop

技術経験の交流の最近記事(5件)

上記以外の記事は「技術経験の交流」のカテゴリーページをご覧下さい。

PageTop

Copyright © 2006-2024 山の会「岳樺クラブ」 All Rights Reserved.