南アルプス 北岳バットレス4尾根主稜
― 晩夏の静かな一日を豪快な岩稜で遊ぶ… ―
8月の8日。皆で北岳バットレスを目指した。夏の最盛期よもやの雨にたたられて、泣く泣く帰ってきた。
次に来る日は必ず登攀するぞと胸に誓って。とうとうその日がやって来た。が、またまた台風15号が近づいているイヤな予感。しかし、しかし僕らは行くのだ。例えまた泣いて帰ったとしても。
■8月29日(木曜日) 晴れ
新宿08:00=甲府09:28-10:00=山梨交通バス=広河原12:05-12:30~白根御池小屋14:50
前回と同じメンバーで新宿08:00の特急スーパーあずさにやっとこ乗り込む。甲府からバスは恐ろしい断崖絶壁の道を急カーブを連続させて2時間一寸で広河原に着く。
満員だったバスの乗客は全て北沢峠へと乗り継いで行ってしまい私達だけが取り残されたようだ。
2週間前にも通った急坂を喘ぎあえぎ登って、またあのくさい臭いのする白根御池小屋に着く。「ライトアルパイン」の実践と称し、小屋で二食付、羽毛布団にくるまって体力を温存するのだ。(^^;
その夜は降るような星空だった。
■8月30日(金曜日) 晴れ
白根御池小屋05:20~C沢出合い06:30~bガリー取り付き07:30-bガリー大滝登攀開始08:15~4尾根取り付き10:45-4尾根登攀開始11:15~登攀終了点15:35-16:05~北岳山頂16:35~肩の小屋16:55
今日はいよいよ4尾根の登攀日だ。バットレスが真っ青な空から手招きしている。
僕の考える核心部が幾つかある。
第1にはbガリーの取り付きまで。
第2は下部岩壁終了点から4尾根の取り付きまで。
第3に4尾根第1ピッチ目のコーナークラックの登り。
そして第4は、5ピッチ目のⅤ級の垂壁が巧く登れるか、である。その中で最大の核心はどうも第2の4尾根の取り付きまでと思っている。
白根御池小屋から大樺沢に道を取ると雪渓が見えてくる。沢を一つ越える。B沢だ。もう一つ先に「C沢」と赤ペンキで書かれている大岩に着く。ここからはヨーコさんの抜群の記憶力が力を発揮する。C沢の左岸沿いに登り潅木帯の中をしばらくヤブこぎすると明瞭な踏み跡に出た。
これをなおも辿るとB沢の上部に出る。そのまま詰めて行くとbガリーの取り付き点に付く。ヨーコさんは昨年も4尾根を登っているのでこの踏み跡を知っているので実に心強い。
何の迷いも無くbガリーの取り付きに着くことができた。僕の第1の心配事の解消である。
【下部岩壁bガリー】
1ピッチ目 III 20m
今回は4名パーティである。どんなパーティ構成をしようか、と迷った。結局、A.Nobさん、ヨーコさん、B.竜少年、微苦笑さんの2パーティとして、そのトップはAパーティとすることとした。トップがセットしたフレンズや支点はBパーティの為に残しておく事とした。Bパーティとしては、できたらヨーコさんのサポートができるようにである。また中間支点を残置してくれれば実にありがたい事である。
bガリーの第1ピッチ目は右側の赤褐色のクラック20mを攀る。III級位か、ホールドスタンスとも豊富だが、残置のハーケンやボルトは2個くらいしか無い。簡単とトポなどには書いてあるがやはり私達はキチンと9ミリ2本をダブルで引いて登った。
2ピッチ目 II~III 20m
Nobさんが直上して「あれ、ピンが無いぞー。」と叫んでいる。もっと左のカンテだ。少し左に行くとピンがあったようだ、安心、安心。ルートは間違ってないぞ。途中からガラ場状になり登攀は終了となる。
【4尾根取り付きまで】
下部岩壁を2ピッチ終了して登山靴に履き替える。終了点から左の潅木帯に踏み跡が続き、C沢の上部のガラ場をトラバース。赤ペンキで矢印が付いている。その通りに登るが、グズグズの岩屑で登れない。では、と左の踏み跡を行くと懸垂支点と思われる緑色のスリングが下がっている。そこを越えて左へ進もうとするが踏み跡は途絶えている。
ヨーコさんが「違う、違う、もっと上に登ってから左に行くの」と言う。懸垂支点を利用して私達も一旦下がる。多分、相当数のパーティがここで迷って懸垂をしたのだろう。
ヨーコさんの言う「Cガリーをもう少し登り左へ行く」という言葉と赤ペンキは一致している。岩屑の少し右の沢芯に近いところを通って登ると簡単に登ることができ、踏み跡を左に辿ると、湿ったスラブ状の岩があり、昨年ヨーコさんパーティが打ったハーケンを発見する。
微苦笑さんに先にあがってもらいFIXしてヨーコさん、竜少年、最後にNobさんの順で上がると、そこは4尾根の取り付き点のテラスだった。
ヨーコさんの記憶力は抜群だ。もし、ヨーコさんがいなかったら、もっと迷って結局疲労困憊して敗退もあり得たかもしれない。やはりここが最大の核心だったと思う。懸垂したり迷って登ったり降りたりしたのでロスタイムがあり疲れてしまった。まだ4尾根を登ってもいないというのに。(^^;
【4尾根主稜を攀る】 1ピッチ目 V- 40m
水を飲んだりして休んだので少し元気になる。取付きテラスからは八本歯のコルや縦走路が見え、その向うに富士山がクッキリと青い空に浮かんでいる。
目の前は明瞭なクラック。ハーケン、ボルトの類は無い。リードはNobさん。4尾根の最初の核心である。
まずフレンズ#3.0を噛ませ次に#3.5を効かせる。左側壁を巧く使ってナイスクライミング。
続いてヨーコさん、少し緊張気味、リラックス、リラックス。それでもクラックを乗り越して姿を消していく。Bチームのリードは竜少年。「微苦笑さん、行きます。」「ガンバ」の声に送られてNobさんの残してくれたフレンズにロープを掛けると安心感が増してサッと越えることができた。これで3つの関門を突破したことになる。あとはV級の垂壁一つだ。
2ピッチ目 II 40m
這松混じりのフェースを攀る。目の上にはピラミッドフェースの△の頭が見える。その右側を登る感じになる。階段状でホールドも豊富である。最初のリードはNobさん。Nobさんに続いてヨーコさんも大分落ち着いてきたようだ。B組のリードは微苦笑さん。Bパーティは完全ツルベを目指している。
3ピッチ目 III 40m
遠目でも4尾根の白い岩は見える。それが3ピッチ目の白い岩だ。トポには白い岩のクラックとあるが、クラックというより緩いフェースだ。A組トップのNobさんは段々クライミングが冴えて来たようだ。気持ちよさそうに登っている。B組トップの竜少年がヨーコさんの真下に来るのを待って写真まで撮ってくれる。眼下には大樺沢の雪渓が見え物凄い高度感だ。
4ピッチ目 III 20m
いつの間にか、あれほど晴れていたバットレスも午後になると下からガスが湧き上がってきて回りの景色も見えなくなってきてしまった。
B組リードは微苦笑さんの番。快適なリッジを攀る。晴れていたら最高のロケーションで一番絵になるんじゃないかと思わせる。ラストの竜少年がテラスについた頃にはもうA組リードのNobさんの姿は無かった。
5ピッチ目 V 30m
5mの三角形の垂壁でこのルートの核心部になる。例によってリードはNobさん。よし、と気合を入れ、微妙な立ちこみで左の細いクラックのハーケンにクリップ。一歩、二歩足を上げて、う、滑りそう~と言いながら2番目ハーケンにクリップ。これで安心。右の側壁を持って3番目クリップ。垂壁の上の壁を持てば、おー、ナイスクライミング、と声が飛ぶ。
ふと、後に人の気配を感じ振り向くと一人の若者が上がってくる。「一人ですか?」と聞くと「はい、一人です。」「・・・(う~む、一人か~、)・・・。」
今度はヨーコさん、ガンバ。ホンチャンはなんでもありですよ~。ア、キャー、といっている内に姿が上に消えていく。B組リードは竜少年。一歩立ちこんでNobさんの残置してくれたヌンチャクにクリップ。アリガテー。続いて二番、三番とクリップ。アリガテー、アリガテー。右の側壁を取ってサット乗り越す。よし、これで懸案事項は全て解決だ~。(^^)
懸垂下降 20m弱
マッチ箱からdガリー側へ20m弱の懸垂下降でコルに降り立つ。先ほどの単独若者は懸垂支点が2箇所あるので、下の支点を使って降りたと思ったら岩場を駆け上がって行った。
6ピッチ目 IV 30m
左にはdガリー奥壁が午後の陽を受けてツルツルに時々光る。マッチ箱のコルからコーナー、フェースを快適に登るとぬるっとしたカンテの末端に出た。
7ピッチ目 III+ 40m
右上に続くカンテはホールドが細かく、さらに残置のピンもないため、Nobさんはいったん左へトラバースし、緩い凹角を登る。凹角の途中から振り返ってわれわれの写真を撮ってくれた。最後は右に寄って枯れ木テラスに着く。振り返ればマッチ箱の頭がガスの中に圧倒的な迫力で突き出している。
8ピッチ目 III+ 30m
枯れ木テラスから中央稜への懸垂支点がある。単独の若者はここから懸垂をして中央稜へ一人で行く。
私達もいよいよ最後のピッチだ。枯れ木テラス(テラスと言うほどでもないが)から、左上を跨いで、ガスの中を登っていくと程なく這松帯が現れ、そこでビレイ。念のため、さらにもう1ピッチロープをつけて終了点の踏み跡へ出る。
長かった4尾根の登攀が終わった。白根薄雪草の群落する踏み跡を20分程辿って3192.4mの北岳山頂で4人は堅い握手を交わした。
■8月31日(土) 晴れ
肩の小屋06:05~第1ベンチ08:45~広河原09:40=甲府駅11:00
昨日の4尾根の登攀で緊張と疲労でよく眠れなかったが、Nobさんと微苦笑さんは朝ご飯のお代わりをしていた。
今日も良い天気である。富士山をはじめ八ヶ岳、秩父の山並み、中央アルプスそして槍、穂高も見え始めた。清々しい気持ちのいい朝の空気の中を白根御池に下った。
(記 竜少年)
竜少年の感想
岳樺クラブのみんなでバットレスをやりたいものだ、と前々から思っていただけに今回は天候に恵まれてそれを果たすことができた。
数年前に僕と錦少年とそして亡き平島さんと3人でバットレスを登ったことがあったが、その時とはまた違った感慨であった。今回は「ライトアルパイン」として賄い付き小屋泊まりで行ったが今後の山行のあり方が見えてきたように思う。
いずれにしても今回はNobさんが大奮闘、ヨーコさんの記憶力に助けて貰い、微苦笑さんとは完全ツルベが出来た。これも4人パーティとして出来たのでこの方式も今後の検討課題としてもいい材料になったと思う。4尾根を無事登らせて貰った事、感謝したい。
微苦笑さんの感想
天気もよく、午後からガスが少し出た程度で会心の「北岳バットレス」でした。
又今回は竜少年と「ツルベ」で挑戦できてうれく思っております。出だしのクラックではフィストジャムが決まり、フットジャムを決めようとしましたがゆるく、自分は手のほうが足より「大きい」のかと思ったりした取り付きが印象にのこりました。
アプローチも長くピッチ数も多く疲れましたが高度感抜群で充実したマルチピッチクライミングでした。
ヨーコさんの感想
Nobさんにリードして頂き、後続の竜少年さん、微苦笑さんにサポートされて大好きな北岳にバットレスから登ることが出来ました。
食事も喉を通らない程の緊張感を克服し、大樺沢を遥か下方に眺め、富士山や鳳凰三山を背に高度3000mの岩壁を攀る快感、こんな喜びを私に与えて下さった岳樺クラブの強くて心優しい皆様に心から感謝致します。
Nobの感想
今夏は雨にたたられ通しだったので、夏の最後に好天に恵まれたクライミングができ、とても嬉しかった。
私にとって、4尾根は初めてでしたが、予想どおり豪快な岩稜であり当初計画していた白峰三山縦走との組み合わせが実現できていたら一層充実した登山だったことと思います。
山小屋を利用すれば荷物も軽量化でき、私たちのような中年登山者(今回パーティーの平均年齢は57歳)でもクライミング+縦走は十分可能だと思います。次回はぜひ実現したいですね。
それにしても、竜少年さん、微苦笑さんお二人の還暦過ぎクライマーの元気さには驚きました。