八ヶ岳 横岳西面・中山尾根
― クラストした雪と岩のミックスは春の穂高のようだった… ―
■3月22日(金) 曇りのち風雪
6時30分出発予定が、錦少年のお腹の調子が悪く7時30分鉱泉発となる。
それでも1時間足らずで、8時30分前に第一岩峰の手前の樹林帯に到達する。
今朝は温度が高くアウターを着けず出かけたので、アウターをここで着込む。ギアの準備をしたり、ロープを何度もほぐしたりして取り付き発は9時30分。
第一岩峰は錦少年リード、残置ピトンも少なく効きも悪いようで緊張する。「緊張の錦少年」にMIKIさんが下からルート指示。
2ピッチ目のベルグラの付いた岩場と雪稜はMIKIさんが慎重にそろりとリード。ここは錦少年はフォローだったけど出だしのベルグラの岩場5mはとてもデリケートだった。
続く雪稜をつるべで2ピッチ半登り第2岩峰基部に。雪稜でキンクしたロープをほぐすのに時間を取られる。「このロープは買った時からキンクだなー」と二人ともぼやく。
第2岩峰を錦少年リードするが、取り付きの確認に神経を使う。登りだすとピトンも発見でき一息つける。ロープの流れ中間支点のセットに注意を払い慎重に登る。上部の核心部はピトンも多くしっかりと効いているので精神的には楽。確保支点に着いたころには雪もちらつきはじめ、温度も低くなり、南アルプス方面から黒い雲も近付いてくる。後1時間で吹雪だなー、と考える。ビバーク地点の選定を頭の中で始める。
MIKIさんは、ぼくのバイル、自分のピッケル、ビバーク用品、食料、ガチャ類を担いでフォロー。重くって大変だなーと思うけど、「早く早く!ガンバー!」と焦った声がでる。「今核心部!頑張っているわよ!」とやや怒りの御返事。
続く岩稜2ピッチをつるべで登る。この2ピッチはベルグラの付いた岩とクラストした雪面を効きのあやしい数本のピンで登るので技術的精神的に手ごたえがある。
風も強く気温も下がってくる。濡れたロープが低温で固くなり、ただでさえ固いロープのキンクに二人とも悩まされる。フォロアーの確保に「ボディービレイと支点での折り返し」の方法を採用しているMIKIさんは特に苦労する。ぼくがフォローする時、ロープ操作が遅れ、またリードの時はキンクがMIKIさんのハーネス側に溜まっているので、後半でロープの繰り出しが大変。
吹雪も始まり、「早くしろー!倍の時間だよー!支点ビレイ!支点ビレイ!」と叫ぶ。「ボディービレイと支点での折り返し」の方法がまちがいないと日頃からMIKIさんに推奨してきたのは錦少年だから、いまさら勝手と思うけど。
この後、強風の中、岩峰を超え、鶏冠状岩の基部を乗り越し、バンドを伝うピッチはMIKIさんリード。風が強くガスと雪で視界も悪くなり、声もうまく伝わらない。「ピンがあったわよ」とMIKIさんの声はよく聞こえるが、ぼくの声は割れて伝わらない。「どうぞー!」という声とともにロープが牽かれフォローすると、MIKIさんが残置ピトンと岩頭でセルフを、しっかりと取っている。これで、安心して最後のピッチは急峻な雪面を中間支点もとらず、トラバースして縦走路に。MIKIさんもフォローして13時15分登攀終了。
ギアを整理し分担してザックに収める。MIKIさんは錦少年の下りのヨタツキが頭痛の種でガチャ類は全部分担する。食事した後、吹雪の中を地蔵尾根経由で行者小屋15時前に到着。
行者小屋でロープワークの復習をしたりして、16時前に鉱泉に戻る。
■ 感想
お正月と違って雪も楽しめた。クラストした雪と岩のミックスは春の穂高のようで、今まで3回中山尾根に登ったが、技術的には一番難しいようだ。また、今回の所要時間は、前2回より結果的には30分ほど少ないのだが、ぼくは鉱泉から4時間(これは勘違いだったが)くらいで抜けるつもりだったので、ずいぶん時間がかかったように感じてしまった。それに、吹雪の中凍り付きはじめた固いロープのキンクには、悩まされた。
「ボディービレイと支点での折り返し」の方法は、フォロアーが高難度の垂直の壁をソロリソロリと登りかつ落ちる確率が高い場合には最適なのだが、凹凸のある易しい岩場をスピードディーに登る場合は、やっぱり支点ビレイの方が楽である。
確実ということで、「ボディービレイと支点での折り返し」の方法を推奨してきたが、手袋をしてロープを片手で引き上げる作業は、非力な男性や女性には大変である。Hさんと登った冬の小同心クラックでは、女性のHさんはビレイ操作だけ、ロープを引き上げるのは私と分担していた。フォロアーのビレイ方法、器具を考え直す必要がありそうだ。
また、今回使用したA社のロープは固いということで定評があるらしい。アイスクライミングで愛用しているB社のロープでは、マルチピッチでもこんな経験はない。
使用ロープ、ビレイ器具、ビレイ方法を解決すれば、中山尾根は3時間以内で抜けられるであろう。
アルパインクライミングは登る楽しみというより、困難を克服してルートを完登した充実感を得ることなのだろうが、仕事がアルパインクライミングのような時、やっぱりのびやかなスタイルが欲しい。天候や時間に制限されずに登るスタイルが、現在のぼくにあっているようだ。
「早くしろー!倍の時間だよー!支点ビレイ!支点ビレイ!」と叫んだのは、ビレイ方法の問題ではなく、ぼくの頭と関係なく心と体がアルパインクライミングを拒否していたためかもしれない。ぼくの心と体は「早く止めろ!アルパインクライミング大嫌い!」と叫んでいたのかもしれない。
(記 錦少年)