北アルプス 錫杖岳・前衛フェース左方カンテ
― あわせて烏帽子岩、本峰南壁観察もしてきました ―
錫杖岳は、亡くなった木村さんが通ったエリアであり、経験者のMIKIさんによれば「さっと登ってさっと降り、それから温泉」という魅力的エリアである。クラック、オフウイズスの技も少し身につけたので、それじゃ出かけるかということになる。
今回は、代表的ルートを1本登ることと、前衛フェース、烏帽子岩、本峰南壁などを観察するのが目的である。
― 槍見温泉へ ―
9月7日 夜8時MIKIさん宅に集合し、今回はジムニーでなくマーク2にて出かける。Nobさんが、ワインの差し入れをしてくれる。
20時30分に津田沼を出て、今回は都内の渋滞もなく、MIKIさんがばんばん飛ばしたこともあり、午前0時30分には蒲田川栃尾にある道の駅に着いてしまう。
小宴会の後、ステーションビバーク。朝、槍見温泉に移動し、同温泉近くの防災用広場に駐車し8日7時30分に出発。
― 取り付きに ―
昨夜からの雨は止み、さわやかな秋空になる。1週間の仕事で疲れた体をいたわりつつ、のんびりと歩きだす。土曜日は、ばたばたしてはいけない。クリヤ谷を渡るところで、ゆっくりと朝食をとる。やがて錫杖沢出会いにつき、しばし岩場に見とれる。タラタラ歩いていると、10時10分取り付きに到着。
さて、左方カンテの1ピッチ目だが、どう見ても林の中に散在する岩場という感じで、とうていクライミングルートの態をなしていない。ロックアンドスノーの1ピッチ目の写真とまったく違う(これは同誌が3ピッチ目の写真を1ピッチ目と間違って表記したため)。
左方カンテを以前に登ったMIKIさんは「ここが取り付き」と言っているが、初めての岩場では必ず取り付きを間違えるという特異な才能の持ち主の錦少年としては、あちらウロウロこちらウロウロ。北沢フェース、注文の多い料理店など見学の後、ブツブツ独り言を言いながらも、やっぱりここかと決断する。
― 登攀 ―
さんざん見学した後、11時20分、登攀開始。1ピッチ目、錦少年は、林の中の濡れた岩場と地面を登り、50m近くロープを伸ばす。
2ピッチ目、MIKIさんは、これまた濡れた凹状の岩場を30mリード、やがて上から「ここで、前回ビレーした!」という声がする。
3ピッチ目、錦少年リード。やっと乾いた高度感のあるフェース、一手が5.8のムーブで、思わず『快適!』と叫んでしまう。あんまり頼りにならないリングボルトなので、エイリアンを一つセットした。フェースの後は、下が林のバンドを右上し、ロープを40mのばして、岩小屋のある広いテラスへ。ここで昼食とする。おにぎり、玉子を食べてお茶を飲んで遠足の気分。近くに焼岳、遠くに乗鞍、眼下にクリヤ谷と最高のロケーション。
4ピッチ目はどっぷり濡れたチムニー(IV級+)をMIKIさん、慎重に30mリード。この濡れたチムニーが今回の核心部であった。
5ピッチ目は、錦少年、水がしたたるクラックを避け左のフェース(V級)を25mリード。残置支点はすべて利用。6ピッチ目は凹状の箇所をMIKIさんが25mリードして、見晴らしの良い広々としたテラスへ。
5、6ピッチは、林の中のクライミングという感じで高度感に乏しい。
核心部と言われている7ピッチ目であるが、問題は出だしのワンムーブ(5.8)である。かっこよくフリーで登るのが事前に描いたイメージなのに、あろうことに残置のスリングを掴んでしまう。MIKIさんの、ガンバ!に煽られて一気に駆け上る。いったんチムニーに入るが外に出てディエードルのぼりの要領で登る。
後は傾斜の落ちたフェースを登り、ロープを40m伸ばして見晴らしの良いテラスへ。最終の8ピッチ目スラブ(IV級+)は、残置の支点も少なく岩ももろく、フレークがガタピシしている。MIKIさん慎重に40mリード。終了点に錦少年15時20分に到着して、登攀終了。
― 烏帽子岩・本峰南壁観察 ―
ブッシュ帯をのぼってギアを整理し、烏帽子岩・本峰南壁観察に出かける。終了点の上にある岩峰で、得意のあっちウロウロこっちウロウロして、最後に右から岩場を登り、烏帽子岩につながるリッジに出る。このあたり八峰下半部に似ているようなそうでないような場所である。
烏帽子岩東肩より南面のバンドをつたい西肩に出る。西肩手前に、立派な岩小屋がある。ここまで登ると中央稜もだいぶん下になり、西肩から本峰南壁に広がる急斜面に中央稜は消えていく。踏み跡が錯綜しているが、中央稜上部方面を横断し右俣沢に下るルートもうっすら続いているようだ。我々は、本峰南壁基部を目指して急斜面・岩場をトラバースする。
昨日の雨で、途中に水場もでき利用させてもらう。このトラバースはなかなかの高度感で、MIKIさんはスタスタ行くが、錦少年はビビリ気味。やがて、南壁基部の本峰直下の場所に到達する。遠くから見ると小さくても、南壁が迫力をもって立ち上がっている。南壁は稜というよりバットレスといった方が相応しい尾根に支えられ下部が二分されている。
そろそろ下降の時間である16時30分、バットレス状尾根が南壁に吸収される場所から、木を支点に50mいっぱいの懸垂でガリーを下降する。実に気持ちの良い懸垂である。さらに歩いて50mほど下ると右俣沢源頭部というか中央稜上部が左下に見えてくる。
人気のない静寂の支配する不思議な場所である。
― 右俣沢、錫状沢下降 ―
さらに下ると滑滝があり、左岸に懸垂の支点がある。20年以上前の代物みたいなので、クロモリのピトンを打ちスリングを換える。高価なピトンを残置とは悲しいが命には換えられない。その後も支点を整備し、さらに2回懸垂するが、ガラ場とナメ滝の不愉快な懸垂である。ロープが一度もスタックせず回収できたのは、ありがたかった。懸垂後、右俣沢を小滝のクライムダウンも交え下り、18時に錫状沢に到着。
左に中央稜や前衛フェース末端を見ながら下るが、18時30分ころ暗くなってきたので、錫状岩小屋対岸で行動をあっさり打ち切る。ヘッデンで下降し露天風呂、ワイン、ステーキということも考えたが、明日は再度取り付きに行く予定だし、それに錦少年の体力ではこのあたりが潮時。体のあちこちに故障があるのに、ヘッデン下降で骨折など起こしたくない。
― 錫状岩小屋対岸で星と月光のビバーク ―
MIKIさんが見つけたビバークサイトを整備し、ロープとザックを敷き、靴をぬぎハーネスをはずしフリース・雨具を着込むころ、星がまたたき、やがて満天の星空となる。ツエルトをかぶるのがもったいない位の素晴らしさである。
極上のワインとステーキでもあれば最高なのだが。ココナツいりのチョコレートをステーキ、水をワインと思い夕食をとる。いっぱい着込んだせいかとても暖かく、8時前にはぐっすりと寝込んでしまう。
3時ころ起きると、こうこうたる月明かりに岩峰が白く輝いている。飽きずに月光に輝く山々を眺める。
― 前衛フェース右半分の偵察、下山 ―
翌朝9日、6時30分、ビバークサイトを後にして滝を一つ下ると、前衛フェースへの道に出会う。道を登り返し昨日の取り付きにもどる。朝食後、1ルンゼ取り付きなど前衛フェース右半分を偵察する。
右上するバンドをあがり1ルンゼ3ピッチ目のテラスからルートを眺めたがとても魅力的である。偵察も終わり、昼前に槍見温泉に下山する。朝は晴れていたが午後からは雨となる。前線と台風の間のわずかな晴天に恵まれたクライミングだった。
■ 感想
― クライミング ―
今回はクライミングでは二つのことを目標にしていた。ハンマー・ピトン・エイリアンなど十分なクライミングギア、ツエルト・防寒義・非常食などビバーク用品を担いで、全ピッチをフリーで登ること。これは7ピッチ目の出だし一手をのぞいては達成できたが、完全達成とならなかった。
もう一つは、自己確保、中間支点について十分な対策をとるが、8ピッチを3時間で登ることである。実際には3時間30分となった。1ピッチ26分で標準時間に収まっているが、リード15分フォロー8分を基本として、3時間で登りたいものである。
― 烏帽子岩・本峰南壁の可能性 ―
烏帽子岩東肩ルートは、左方カンテを3時間以内でいけるようになったら同ルートをアプローチに出かけても良いのかもしれない。烏帽子岩は高度感・眺望とも素晴らしいだろう。同様に本峰南壁も素晴らしいのだが、傾斜もきつく人も入っていないから、かなり難しいのではないだろうか?
― 下降賂 ―
登ったルートを降りれば、支点も整備されているので、安全で時間もかからないだろう。中央稜上部方面を横断し右俣沢に下るルートは、踏み跡が錯綜し懸垂支点のピトンは???である。
ただし、最後の支点は中央稜の各ルートの下降賂ともなり、ピトン・リングボルトで比較的まともである。懸垂の箇所以外は、小滝のクライムダウンがあるものの普通に歩いて降りることができるが、遠くてほとんどトレースされていないのでは?
■ ライトアルパインのエリアになりうるか
前衛フェースの人気ルートを登って降りる限り、ライトアルパインのエリアになるのではないだろうか。
アプローチも近く、確保支点・懸垂支点・中間支点も整備されている。今回、クライミングスピード・歩行スピードは他記録とほぼ同じである。違うのは前夜の睡眠時間で、若い人のように長時間車を運転し1時間の仮眠というわけにはいかない。
また今回かなり欲張りあちこち彷徨し、温泉・ワインを楽しむには夜間ヘッデン下降を強いられたが、体力を考えあっさりギブアップした。「前夜よく眠り、ルート1本をさっと登ってさっと降り、それから温泉」というのがライトアルパインの王道のようだ。
なお、左方カンテに限るなら、一ノ倉入門ルートぐらいのレベルと感じたが、どんなものであろう?テールリッジや国境稜線の不安定な天候を考えると、クライミングシューズで登る現在では、錫杖の方が気楽のようだ。この20年でクライミングの入り口はIV級+から10aになったけど、山の難しさは変わらないはずだから。
(記 錦少年)