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2005年08月18日

南アルプス 仙塩尾根縦走

  ~ 64歳にしてなおテント縦走を続ける男のこだわりの記録 ~


■8月14日 (戸台~北沢峠)
 0:30 戸台の仙流荘駐車場に着く。素早くテントを設営して仮眠する。6:30発の村営バスに乗車し、7:30北沢峠着。

テントを設営後明日に備えて仙水峠まで足慣らしをする。1時間で峠に立つ。甲斐駒ヶ岳摩利支天がインスボンのように聳え立つ。姿、形、岩の色が同じに見える。栗沢山から下りてくる人もいて賑やかだ。昼寝をして下る。


■8月15日 (北沢峠~仙丈岳~両俣小屋)
 3:00起床。4:45出発。5:30二合目。6:30五合目。8:00小仙丈岳。
樹林帯を抜け這い松が出始めると、右側からガスが吹き付け、寒く、メガネは水滴で見ずらく歩きにくく、荷が肩に食い込んで前途を案じさせる。

小仙丈岳に着くと突然雲が切れ、風はやみ手前に"北岳"奥に"富士山"が黒く浮かび上がる。周りの登山者は歓声を上げる。ここから大仙丈岳を越え樹林帯に入るまで好天は続いた。
9:15仙丈岳。仙丈岳から大仙丈岳へ向かい直ぐ右手は高山植物が咲き乱れてお花畑である。こちらに向かう登山者はほとんどいない。

13:20伊那荒倉岳。大仙丈岳からの下りで両俣小屋から上がってきた単独行者と出会う。ここまで6時間かかったという。大きなザックを背負っていた。14:15独標。15:50野呂川越。

16:40両俣小屋着。嗚呼疲れた。伊那荒倉岳、横川岳、野呂川越はすべて樹林のなかで、標識がなければ通り過ぎてしまいそうだ。野呂川越からの下りは悪路で長時間歩いて後では膝が悲鳴をあげている。両俣小屋のキャンプサイトは沢沿いで樹林に囲まれ夜中天空を見上げても星数は多く見えない。今日のテントは10張位だ。テン場借用を申込んだとき受付のノートをみると北岳に登る人が半数以上だ。明日の予定に熊ノ平を書き込んでいるパーティは1組しかいない。計画から大幅に遅れて今日は12時間歩いた。テントを背負ってはそうそう早くは歩けない。まあ明るいうちに着いたのだから良しとするか。19:00雨が降り出す。明日は比較的楽な行程でうれしい。


■8月16日 (両俣小屋~熊ノ平)
 5:00起床。6:20テン場出発。7:15野呂川越。
 11:20三峰岳着。岩峰で大きなケルンがある。今日ここまでくれば後は1時間半で小屋なのでゆっくりと昼食にする。小さなリュック、靴はスニーカーで、昨夜仙丈避難小屋泊まりという"ランナー"と一緒になる。今日は塩見小屋かうまく行けば三伏小屋まで行くとのこと。すごい早さだ。

 11:50足元がゆれ同行者が「地震だ」とさけぶ。ゆらゆらして気持ちが悪い。2999mの山の上で地震に遭うのは初めてである。三国平までは快適な稜線あるきを満喫する。
13:30熊ノ平着。ここはテン場の至るところに水場があり、しかもうまい。たらふく飲んで、風呂に入る。日本一高いところにある風呂とのこと。石鹸、シャンプーは禁止だが、体から発散する汗の匂いは消える。風呂の窓からは農鳥岳が真正面だ。明日は塩見小屋までか、三伏峠小屋まで行くか同行者と話し合う。
自分のエアリアマップには塩見小屋も三伏小屋もテン場があるが、同行者の新しいエアリアマップはテン場がない。いずれ着いた時間で判断しょうと決める。2:30起床の4:00出発とし、19:00には横になった。


■8月17日(熊ノ平~三伏峠)
 靴音が聞こえて目が覚めると4:30だ。まあ仕方がない。
6:00テン場出発。7:10小岩峰。安倍荒倉岳は気が付かないうちに通り過ぎたようだ。8:55北荒川岳着。樹林帯を抜けると素晴らしい稜線歩きとなるが、今回はガスがかかり、ときおり切れ目から塩見岳が垣間見えるのみで、足元の高山植物を観賞する。

北俣岳へ急な登りが目につき始める。先の方に2人連のパーティーがゆっくり登ってゆく。自分達みたいに親子連かな、夫婦連れかな、友達同士かななんて思いをはせ、足元はだんだんと急になり、足の動きに息の回数を合わせていたが"息が"合わなくなり、息の回数が俄然増えてくる。
北俣岳直下は左から巻くようになり、11:05北俣岳に着く。先の二人が湯を沸かしてラーメンを食べている。塩見の方から来た人は周囲を見回し確認したのか蝙蝠岳の方へ歩み去ってゆく。10年ほど前自分も単独で二軒小屋から蝙蝠岳を経由して塩見岳に登ったことがあると、同行者に話し掛ける。

12:00塩見岳東峰着。ガスがかかり展望はなく西岳が霞んで見える。塩見小屋へ向かう下りはマップで書かれる"○危"な場所があり慎重に下りる。荷が重く、ザックの背も高いので、上の岩に当たって振られることのないよう要注意だ。13:20塩見小屋着。泊まるか、三伏小屋まで行くか思案のしどころだ。北俣岳に塩見小屋にはテン場はないと"看板"がでていた。

計画を変更して三伏小屋までゆこことにする。ここから本谷山までが長~く感じた。見通しのない樹林帯をずっと歩く。15:35本谷山着。もう歩くのはいやだと思うが、あと1時間でテン場と思い、ザックを背負い直す。途中三伏小屋(水場)の幕営禁止タテ看板あり現在は三伏峠小屋のみしか利用できないようだ。
17:05三伏峠小屋着。水場が遠く(往復30分)不便なテン場だ。場所代をとりながらトイレは有料だ。明日8:30塩川発のバスに乗るため3:00起床と決める。


■8月18日 (三伏峠~塩川)
 3:00起床。今日はうまく起きた。4:15ライトを点け歩き出す。6:20水場着。ここまで急な下りが続き、つま先が痛い。豊富な水が流れ、頭からかぶって顔を洗う。何回か沢を渡り返すと堰堤があり、塩川作業小屋の屋根が銀色に光って見え、道は平になって草地が目の前に広がり端に"塩川"と書かれたバス停の標識が目に入る。
7:15塩川バス停着。ようやく終わった。念願であった尾根を事故もなく完歩できほっとしました。



■感想
12時間近くを歩く日が2日ありくたびれました。
今回は朝食なども手早く済ませ、途中の休憩時に行動食をこまめに取るようにしました。以前は朝食、夕食はしっかりという考えでありましたが今回は起床から、早めに出発できるように心掛けました。

それにしても濡れたテントは重いですね。いまだにザックの背負い紐の痕が肩に残っております。計画時点では歩けなければ両俣小屋でエスケープしようと考えておりましたが、両俣小屋まで時間はかかりましたが歩くことができ、この自信が塩川まで行けたと思います。次はどこを歩くか考える楽しみができました。(記 微苦笑)

2005年08月11日

北アルプス 北穂高岳・東稜

 前日、前穂・北尾根を12時間かけてトレース。今日は疲れたのでテントでゆっくりしたかったが、心を鬼にして?東稜の取り付きに向かう。
デザートのつもりで出かけた東稜だったが…。さて、その結果は如何?


■8月6日 晴れ
 涸沢のテント場を6:07に出発する。今日は初めてma3nobさんと二人だけの山行だ。
出発に先立ち、登山者相談所に常駐しているおまわりさんにアプローチの状況を尋ねるが、「草付きの斜面が過ぎると石ころだらけの緩い斜面になるので、そこを右に入る。」という情景がイメージ出来ず、若干不安を覚える。

 涸沢小屋の脇を一般ルートである北穂・南稜コースに入る。大勢の登山者の列に混じり黙々と歩を進める。

東稜取り付きのモレーン地形 沢状の道からやがて高山植物の咲く草付きの斜面となる。しばらく進むとカール状の地形が広がり、典型的なモレーン地形となる。
「なるほど。ここがおまわりさんの言っていた『石ころだらけの斜面』か。」と妙に納得する。
大岩のゴロゴロした斜面を見ると、一抱えもある石に赤テープが巻き付けられており、ここが東稜の取り付きであることを示している。

 モレーン崖を登り切ると昨日北尾根登山中に見えた雪田が広がっていた。この雪田の上縁部を巻くように歩き、向かって右手から落ちてきているガレ沢に入る。
東稜上から涸沢カールを俯瞰する浮き石だらけのガレ沢は非常に歩きにくく難渋する。歩きやすそうなラインを選んで登る。やがて奥の二俣になり、傾斜の緩い右俣に入る。浮き石に気をつけながら東稜の尾根上に出た。東稜にはしっかりとした踏み跡がしるされていた。

 ここからは岩塊の積み重なったような尾根筋をたどる。念のためにハーネス等を装着して進む。
早くもガスが湧き始めるが眼下の涸沢カールとテント場はよく見える。すっきりした高度感に大満足。
やがて顕著な岩稜帯となり、東稜名物の「ゴジラの背」に達する。

 はるか後方からものすごいスピードで上がってくる若い男女2人組のパーティーに先に行ってもらい、我々はノンビリとロープを着けて進むことにする。
今回の目的は「ゴジラの背」でカッコイイ写真を撮ること。
やはりロープがあった方が絵になる。(笑)

名勝「ゴジラの背」を通過
 ゴジラの背は涸沢側がスパッと切れ落ちたナイフリッジである。手がかり足がかりはしっかりしているが、念のためにロープを着けるに越したことはない。
お目当ての写真を撮り合って無事に通過する。この先約30m先には下降点がある。下を見るとスタンスがあり高度差もあまりないので懸垂用の残置スリングにロングスリングを何本か足してクライムダウンで降りる。

 東稜の岩場はここまでで、あとはひたすら北穂小屋目指してガレ尾根を登るだけである。
ルーファイに気を遣いながらグングン登り、最後は大キレット側の斜面に回り込んで槍への縦走路に飛び出した。小屋の直下である。

 北穂小屋のベランダ先を通り過ぎ(10:11)、北穂高岳山頂で記念写真を撮って下山開始。
前日の前穂・北尾根の疲れが残っているせいか二人ともやや足取りがにぶい。半日の易しいバリエーションコースだったが、けっこうお腹いっぱいになってしまった。(^^;
11:57 無事にテント場に戻る。迎えてくれた竜少年さん、ヨーコさんと固い握手を交わす。


■コースタイム
涸沢(6:07)---東稜取り付きのモレーン(7:00)---東稜稜線上(7:38)---ゴジラの背(9:10)---北穂小屋(10:12)---北穂山頂(10:14)---涸沢テント場(11:57)


■感想
 東稜は過去に何度も計画しては諸事情で潰れていたルートである。
岩場の部分は少しだけなので物足りない面もあるが、アプローチも短くしかも短時間で登れるという魅力はなかなか捨てがたい。

 今回、頼りがいのあるma3nobさんと一緒に登れて良かった。緊張感の中にもゆったりとした安心感の中で登れたのだから。(記 Nob)

2005年08月10日

岳樺クラブの夏山 2006 - 前穂・北尾根

北尾根は僕にとっては、10数年ぶりになろうか。その時は、9ミリ45mのロープを1本、3人で登った。前穂の頂上に着いたのは確か夕方の5時頃であったか。

吊尾根でのビバークが懐かしく思い出される。あれから時が経った。ますます涸沢までの道のりが遠くなる。果たして涸沢まで行き着くことが出来るのだろうか。北尾根登攀終了後は涸沢まで、いや奥穂小屋までたどり着けるのかどうか。北尾根の登攀記憶も忘却の彼方。



天気予報は曇り、雨模様とあったが青い空が広がって久しぶりの上高地、またまた綺麗になった上高地から涸沢へ。Nobさん、ma3nobuさんが荷物を分け合ってくれて、何かと負荷を軽減してくれる。もっと背負わなければイカンナー、と思いつつ、甘える。

涸沢はまだまだ雪渓が多く残り、今年の降雪が多かったことを物語っている。BCを設営してホットしたのもつかの間、テントに大粒の雨が落ちてきた。精一杯がんばったせいと夜行バスの疲れでよく眠れなかった。

5:00 涸沢ベースを出発。お花畑の中を登ってV・VIのコルに着く(6:30)。先行者も後続者も誰もいない。北尾根も寂れ行くルートの一つなのだろうか。

6:51 登攀用具を身につけ、V峰を登る。踏み跡に迷うようなところも無くピークに達する。奥又白の池が緑色の宝石のように見える。

今にもIV峰がガラガラと音を立てて崩れ行きそうな山容で何処にルートがあるのだろうか、と少し緊張する。10年前もIII峰の登りよりIV峰の登りに神経を使ったことを思い出す。


トップをNobさんに代わってもらう。涸沢側を巻いていくと、唯一赤ペンキの目印が奥又白側へと示している。

振り返れば、槍の穂先が同じくらいの高さに見える。回り込んで登ると懸垂支点、ハーケンが打ってあるのが見えるが、そのままノーザイルで登れる。

ホールド、スタンスが豊富ではあるが、全てチェックを入れてからでないと安心できない。

頭上には大きく張り出した岩があり、そこを右から回り込んでいくとIV峰のピークにでる。ピークから岩場を少しくだると、III・IVのコルには歩いて降りられる。

オーダーを竜少年、ヨーコ組とNob,ma3nobu組の2組を作る。先行は竜少年。

1ピッチ目

III峰の赤茶けた岩肌まで少し登って、そこが開始点。(8:50)

ピッチ数などは、ロープの流れ、ランナー支点、ビレイポイントの状況そして安全度など計算しながらピッチを切っているので、ガイドブックなどとは違うかもしれない。

スタートして、左に少し回りこむと小さいながら岩のテラスがある。その間、ランナーは一箇所。短いとは思ったが、そこから上も左上気味なので、ピッチを切る。約10m。

岩のテラスには、ハーケンが3箇所打ってあった。(Nobさんはここでピッチを切らずにそのまま直上していった。)


2ピッチ目
その岩のテラスから思い切り足を上げてクラックにホールドを決めて乗り込む。ここは、ヨーコさん、少し不利だなー、と思いつつ。右は凹角状となっている。

正規には、そこをのぼるのか?適当な間隔で中間支点がある。横に広がった廊下状テラスに4箇所のハーケン。

ここも短めであるが、ピッチを切る。約20m。

Nobさんがテラスの横の岩塔で1ピッチ目のビレイ解除をしている。


3ピッチ目
真中にチョックストーンを抱えた大きなチムニー。登攀前に涸沢常駐の警備隊にNobさんが、チヨックストーンは登らない、左のフェースを登ること、と聞いてきている。

チョックストーンチムニーは見ただけでも、イヤらしい。両手を広げたくらいのチムニーなので、すぐに分かる。

左のフェース状は浅い縦クラックが入り、適当にランナーもあり、岩も堅く快適に登れる。

こけ色をした大テラスをトコトコと歩いて、ビレイ点。ビレイ点は左側の側壁に3,4箇所、凹角の入口に3箇所のハーケンがある。左側壁でとってビレイ解除。約30m。すぐにma3nobuさんが追いついてくる。

ヨーコさんには、凹角の入り口でビレイをしてもらう。

4ピッチ目
凹角も適当な間隔でハーケンもあり、岩も堅く、快適である。終了点は岩塔に巻いてビレイ解除。約30m。Nobさんが追い抜いて行って、「ビレイするいい岩塔がないなあ。」と探しながら歩いて行く。

5ピッチ目
ほぼ登攀は終了したのではないか、と思いつつ、ガラガラの山道をコンテで歩く。正面にはかぶり気味の岩が立っている。竜少年がその岩の基部まで少し登ると、懸垂支点と思われる支点が涸沢側に打ってあったのでとり合えずランナーをとる。その先には、一切支点はない。その間、ma3nobuさんが涸沢側を歩いて回り込めないか偵察。「行っていけないことはないが、アブナイ。」では、登るしかないか。

少しかぶっているので、ハーケンやボルトを探したが、全く無かった。先ほどとったランナーは、涸沢側で5mくらい右に寄っているので緊張する。かぶったところに120cmのスリングを3回ほど巻きつけて、ビレイ点とする。「これしかないんだから、頼むゼ。」と言った気分。

一手緊張して登ると、岩は堅く、ホールド、スタンスとも豊富で更に2、3手登ると、またしても懸垂支点と思われる支点があった。そこから右上してすぐに岩塔でビレイ解除。

ma3nobuさんもすぐに登ってくる。「へぇー、いいとこでビレイしてんなー。」「当然でしょ、トップなんだから。」などと冗談をかわしつつ、ma3nobuさんも少し上の岩塔で240cmスリングでビレイ解除。

やがて、ヨーコさんの赤いヘルメットがあらわれる。約30m。5ピッチであった。あっけないような、もう少し岩を登りたいような、そんな気分で登攀を終了した。(ガイドブックでは2ピッチないしは3ピッチ)

III峰の頂上はどこだかよく分からないうちに、ガラガラの岩道を歩いてII峰の懸垂地点に近づく。Nobさん、ma3nobuさんが先行する。

懸垂を終われば前穂の頂上だ。懸垂は少し楽しまなくちゃ、などと暢気に構えている。涸沢側に懸垂支点が2箇所あり、懸垂を終わるとI・II峰のコルに出るようである。しかし、この涸沢側の懸垂点は浮石という大きな危険を孕んでいる。浮石に注意しながらの懸垂はおかしい、変だ、と思いつつ誘われるように懸垂下降してしまった。


2回の懸垂の後、I・II峰間のコルに登り返すラインも浮石が多く、ヨーコさんが落石をヘルメットで受けてしまい、そのとき咄嗟に手で頭をかばったので、右手薬指に裂傷を負ってしまった。すぐに前穂山頂で手当てをしたが、大事に至らず、バンソウ膏を張っただけで事なきを得た。不幸中の幸いであった。正規の懸垂支点はII峰のI峰寄り尾根上にある。約5mだ。

登攀終了後、長いながい吊尾根、白出のコル(15:40)を経て、長いながいザイテンの下りを下って、涸沢のベースに着いたのは、午後6時少し前であった。

※掲載写真は、文章の場面(登攀ピッチ)と同一ではありません。

Nobさん、ma3nobuさんは元気に東稜へ出発。僕とヨーコさんはテント撤収とトカゲ。今日も涸沢はいい天気だ。約束の12時少し前に「あ・らー・いさーん!」というma3nobuさんの声が聞こえる。涸沢小屋の直ぐ前だ。風に乗ってここのテント場まで声がよく通る。北穂東稜は涸沢から往復6時間。

午後1時過ぎ、荷物をまとめて下山。北条・新村ルートを今日登ったMiya、ヒロリン組と徳沢で合流する約束になっている。会えれば美味いビールが飲めるぞ。

途中、本谷橋の少し手前で夕立に遭う。ひたすら徳沢に向けて下った。徳沢には午後6時少し前だった。
テントを張り、テント場でMiyaさん達を探すがまだ未着のようだ。目にとまりやすい場所で夕餉の支度をしていると、元気な姿のMiya、ヒロリンチームが現れた。よかった。無事に会えた。6時半ころだった。

何とか涸沢にも着けたし、北尾根から吊尾根、ザイテン、涸沢と歩くことが出来た。北尾根の登攀そのものは難しいところはないのだが、10数年の歳月は全てを忘れるには十分過ぎるほどであり、初めて登るところのようだった。しかし、まあ、63歳にして北尾根、吊尾根、涸沢と歩いたというか歩かされたというか、仲間に助けられて登れたようなものだ。

しかし、まだ自分なりにトレーニングをすればこれからも登れるかもしれない、という山行であった。

登攀終了まじかの懸垂支点には、惑わされた。というより、何の疑いも無く2回の懸垂に入ってしまったのは、反省してもしきれない。

ヨーコさんには痛い思いをさせてしまってリーダーとしてまた代表として申し訳ない気持ちだ。しかし、大事が小事。反省すべきは反省し明日につなげたい。大事が小事。本当にみんな無事で良かった。

前穂高岳・四峰正面壁 北条・新村ルート

 8月4日、20:30武蔵野線・新小平駅集合。接近している台風が気になるが、予報では3日間好天のようだ。

ヒロリンさんの車で中央道から一路、松本に向う。一日早く涸沢に入山している竜少年さん達はもうシュラフの中だろう。松本インターから158号線を走り沢渡に到着。沢渡の駐車場に車をとめテントで仮眠をとる。


松高ルンゼとその右側に中畠新道
松高ルンゼとその右側に中畠新道
岩登り、木の根登りが続く中畠新道の急登
岩登り、木の根登りが続く中畠新道の急登
ひっそりたたずむ奥又白の池
ひっそりたたずむ奥又白の池


■8月5日 晴れ
 沢渡からバスに乗り上高地に向う。上高地に着き、ヒロリンさんが計画書を投函に行って、奥又白に3パーティー入山と情報を聞いてきてくれた。天気もすばらしく良く暑くなりそうだ。

中畠新道のまだ見ぬ急登を思い、上高地を出発する。徳沢が間近になる明神、前穂のすばらしいパノラマが目に入ってきた。今日、前穂北尾根を登っている竜少年さん、Nobさん、ヨーコさん、ma3nobuさんは何処まで登っているのだろうか。

徳沢で水を補給してザックの重さはヒロリンさん18K、私20Kとなった。かなり軽量化したが登攀具とロープが重い。新村橋を渡りパノラマコースをゆっくり進む。奥又出合が近づくと、目の前に白いスラブの松高ルンゼが現れた。松高ルンゼの右の尾根が中畠新道となり、岩あり木ありの急登が始まった。お日様も高くなり暑くなってきが樹林の日陰も多く助かる。しかし、やはりきつい登りだ。休憩時間など決めず休み休み登っていく。

11:00 トランシーバーを出し、北尾根を登っている竜少年さん達に交信する。「2峰にいる」とNobさんから応答があった。北尾根パーティーも順調のようだ。
樹林帯をぬけると松高ルンゼから分かれた涸れた沢筋の登りとなる。先を歩く私にヒロリンさんが「木が見えてきた?」と問いかけてきた。帰宅してからガイドプックを読むと、木とは「宝の木と呼ばれる岳樺」の事であった。

ブッシュの中の急坂を登ると二本の宝の木が見えてきた。14時過ぎ奥又白池に到着、前穂の岩壁群が見渡せる静かなこの池は、まさに別天地であった。中又白谷に流れる冷たい水でウィスキーの水割りを作り、山々を眺めながら明日に備えのんびり過ごす事となった。

上高地(6:50)・・・明神(7:35)・・・徳沢(8:45~9:05)・・・中畠新道入口(10:30)・・・奥又白池(14:08)


蝶・常念の稜線からご来光
蝶・常念の稜線からご来光
不安定な雪渓を通過してC沢へ
不安定な雪渓を通過してC沢へ
取り付きから見上げる100mの草付きの壁
取り付きから見上げる100mの草付きの壁



■8月6日 晴れ午後曇り
 2時起床、外に出ると天の川が見え満天の星空だ。
4時、ヘットランプをつけ出発、奥又尾根を登り朝日が昇る。休憩をとりハーネスを着けながら朝日を受ける北条・新村ルートのラインを確認する。奥又白谷にトラバースする踏み跡を捜すが、はっきりしたものがない。ブッシュをつかみ奥又白の谷に下り、不安定なガレ場を登り下りしながらトラバースして雪渓上部に到達する。

6本アイゼンを着けバイルを持ちC沢の出合に向かって登って行く。大きく開いたシュルンドを避け右にトラバースしてC沢出合に上がりホッとする。出合すぐ上のチョックストーン右のガレ場を登ると甲南バンドにつながる踏み跡に出た。ここに広いテラスもあり正面壁を見ながら休憩をとる。甲南バンドに向かい草付を登る途中で松高ルートの残置スリングが見える。T1まで登り、そこから左に5Mほどトラバースすると北条・新村ルートの取付に到着した。

1ピッチ目
ヒロリンさんリードでスタート。草付から凹角状の中を快調に登って行く。すぐに「ビレイ解除」のコール。続いて「いいですよー」のコールに私も登って行く。

2ピッチ目
つるべで私がリードで登って行く。傾斜も強くなりフェースが現れるがフリクションもよくきき快適だ。30Mほど登りビレイポイントとなる。

3ピッチ目
ヒロリンさんリードで右上のチムニー状の凹角へ快調にロープがのびていく。ヒロリンさんの姿が見えなくなりハイマツテラスに上がっていった。ハイマツテラスは広くダイレクトルートの古いハーケンが頭上に打たれていた。天気もよく、ここで小休止をとる事になった。

4ピッチ目
右にトラバースして上に核心部の有名なハングとなる。若い頃の記憶では高さ10M程のハングと思っていたが、20Mはあろうか。アブミを取り出しハング下に上がり残置ハーケンにアブミをかける。最初の一つ目の小ハングは楽に越えたが二つ目の小ハングで少々バテぎみになり、三つ目のハングではフィフィテンションかけ減速してしまう。三つ目のハングを越え右にフリーでトラバース、更に右上してピナクルの小テラスでピッチをきる。ヒロリンさんにコールを送り、ヒロリンさんも人工で登ってきた。

5ピッチ目
右にトラバースとなり続けて私がリードする。ハングよりここが核心ではないかと思っていた。右上に残置スリング2本見えるが、そのルートは登る気になれず。更に高度感のある下りトラバースを右に10Mほどすると、上にクラックがあり、その横にはカンテから右上するルートもあった。クラックに向かい直上するがロープの流れが重くなり、右上のカンテに2本の残置ハーケンがあったため1本ハーケンを打ち足しカンテ上でピッチをきる事にした。ルートの見極めに反省の残るピッチとなってしまった。 

6ピッチ目
ヒロリンさんが私の下までトラバースして来る。ビレイしているカンテに一人しか立てない為、ヒロリンさんにクラックをリードしてもらう。クラックに上がるところが、がぶりぎみで難しそうだ。ヒロリンは落着いて残置ハーケンにランニングビレイを通しクラックに上がる。クラックの中の小さなチョックストーンにスリングを巻きランニングビレイをとる。クラックの出口で苦労していたが・・・上のテラスに上がって行った。「ここでビレイしまーす」とコールがきた。 

7ピッチ目 
私がリードで草付を右上すると緩傾斜帯となった。ブッシュでビレイ支点をとりコールを送るが届かないようだ。ロープの動きを見てヒロリンさんも登ってきた。上に北尾根の稜線も見え、ここが終了点となった。

 緩傾斜帯を右にトラバースすると北尾根4峰下の稜線に出た。4・5のコルに下り5峰を越え5・6のコルに下り立つ。奥又白谷への下りは所々崩壊ぎみのところもあり、若い頃の記憶とは違って緊張しながらの下りとなった。奥又白池14:40に到着、完登!ヒロリンさんと握手!

 奥又白池を後にして中畠新道を下りていく、急下降するようにどんどん高度を下げていく。新村橋を渡り徳沢に着くと、なんと徳沢園の前のテーブルに宝の木?「岳樺クラブ」の北尾根パーティー4人が待っていてくれた。まさに氷壁の宿で待ち人との再会となった。

奥又白池(4:00)・・・C沢出合(6:00)・・・甲南バンドT1・北条新村取付(7:00)・・・ハイマツテラス(8:00)・・・終了点(11:15~30)・・・北尾根4峰稜線(12:10)・・・5・6のコル(12:50~13:00)・・・奥又白池(14:40~15:45)・・・徳沢(18:25)


■8月7日 晴れ
 徳沢の木々の上に前穂の北尾根、正面壁が朝日に輝いていた。前穂をバックに全員で記念撮影をして上高地に下山する。(記 Miya)
徳沢(6:00)・・・上高地(7:50)



■感想
 ヒロリンさんと6、7月、古いハーケンが打たれているツヅラ岩で30ピッチ以上のトレーニングを行ってきた。中畠新道のきつい登り、そして下山。不安定なガレ場と雪渓登りの緊張感。トレーニングの成果か、落着いて登る事ができたと思う。若いころ、奥又白は四峰正面壁を始め東壁、Dフェース、冬に第一尾根と懐かしいところだが、奥又白の池は訪れた事がなかった。先人の名クライマー達が未登の壁を見上げたこの池に来る事ができ嬉しかった。5年前、山を再開して、また奥又白を訪れる事ができるとは思わなかった。パートナーに感謝します。
また訪れる機会があれば北壁・Aフェースを・・・。(Miya)

                   **********************

 ロープ・登攀用具・アイゼン・バイルなどなどヘルスメーターと格闘し、デジカメも撮りっきりカメラに変更するなど何とか18キロザックに押さえてチャレンジした中畠新道でした。岩登り、木の根登りの連続に音を上げながら辿り着いた奥又白の池は・・・、急峻な台地の上にひょっこり現れ、やっぱりクライマーのオアシスで、そこから眺める前穂の岩の峰々はすばらしい眺めでした。

 ルート、取り付きなども迷うことなく同定出来るほど願っていた通りの快晴と、4峰・正面壁に他のパーティーがいないという絶好の条件に恵まれました。北条・新村ルートのルート名にもなった北条理一氏は傑出したクライマーだったとのこと、その当時の達人たちに思いを馳せながら攀った一日でした。Miyaさん、ありがとうございました。(ヒロリン)


2005年08月05日

前穂高岳北尾根におけるヒヤリ・ハット体験

【日時】2005年8月5日 11:40頃
【天候】晴れ。
【場所】穂高連峰 前穂高岳・北尾根 1・2峰間のコル下(涸沢側) 懸垂下降地点付近
【パーティ】男3人、女1。(北尾根登攀経験者2名、1名は10年前、1名は5年前)



■状況
北尾根5・6のコルを06:51に登攀を開始し、核心部の4峰、3峰を順調に越え残すは2峰を懸垂で下降し、前穂高岳山頂へは一投足の地点であった。

通常、正規ルートは、2峰から真っ直ぐ前穂に向かった踏み跡をたどり、約5mの懸垂でコルに降り立てば、前穂高岳山頂へは数分の距離である。なお、天候等条件がよければ懸垂下降することなく、クライムダウンも可能である。


(下写真の青線が正規ルート、赤線がわれわれのとったルート)
×印が落石を受けた地点


■われわれのとった行動

2峰のピーク手前3m程の右側(涸沢側)に岩稜が切れている箇所があり、そこより涸沢側を見ると、残置ハーケンが3本、スリングが5,6本掛かった比較的新しく尚且つシッカリとした懸垂支点があった。

その懸垂支点から更に7,8m下にも同様の懸垂支点があり、約10mほどの懸垂で、安定した地点に降り立てそうであった。


2回の懸垂で安定した地点に降り立ち、そこから徒歩で尾根上にあがれば、登攀終了と考えていた。

「2回の懸垂?」と思ったが懸垂を行った。最初の下降箇所は比較的安定していた為、トップ(男)並びにセカンド(男)はクライムダウンで降り、サード(女)とラスト(男)は懸垂にて降りた。

2回目の懸垂は、浮石が多く、神経を使っての懸垂であった。そこから、安定した地点と思われたところは、傾斜もあり、あまり安定はしていなかった。

すぐに1・2峰間のコルに向かって約10m程、斜度40度弱をトップ(男)が中間支点を1箇所取ってアンザイレンして登ったが、足場が悪く浮石も多くて不安定なため、セカンド(男)の要請で終了点でロープをFIXした。

セカンドはFIXされたロープにオートブロックでバックアップを取ってから登り始めた。その時、サード(女)はセカンドの後方(下方)約3m程の距離にあり、自らオートブロックによるバックアップを取ったところであった。

セカンドがFIXロープの終了点に差し掛かったとき、足元が崩れ落石を起こし、赤子の頭大の岩がサードのヘルメットに当たった。そのとき、咄嗟に頭を手でかばったので、右手薬指に裂傷を負った。

怪我は大したことはなかったが、後で調べたら、ヘルメットに小指の先半分くらいの凹みが出来ていた。すぐに前穂高岳山頂で傷の手当てを行って、事なきを得た。

■反省


  1. 懸垂地点を間違えたこと。「2回の懸垂?」と思ったとき、正規ルートをはずしていることに気が付いていなかった。(事前のルートガイドを熟読していれば懸垂は1箇所、約5mと記述されている。)
  2. 浮石の多い懸垂であったので、オカシイ、と思いつつ、懸垂を行ってしまった。
  3. 第2の懸垂支点上ではまだ登り返すことが可能であったにもかかわらず、その可能性を追求しなかった。
  4. 更に、コルに向かってトップが登り始めたときも浮石が多く、神経を使っての登りであったのも、正規ルートでないことを示している。
  5. 2名の経験者も過去の経験であったので、様子が変わったのかとしか思わなかった。
  6. 落石がヘルメットに当たったのが不幸中の幸いと思われる。もし、肩などに直撃であったら、骨折していた可能性が大きいと思われる。
  7. セカンドが落石を引き起こした延長線上にサードが位置していたことが落石の直撃につながった訳であり、浮石が多く悪条件である箇所である事を認識していたトップ並びにセカンドが下の二人に適切な位置どりを指示すべきであった。
  8. 北尾根経験者であるトップ(SL)とラスト(CL)は、過去の体験から「核心部は迷いやすい4峰の通過」と考えており、ガラ場の4峰、ロープワークを要する3峰を通過した安堵感から2峰の下降点については心理的にも心の緩みがあったと考えられる。

■疑問点

  1. インターネットなどいろいろな情報を調べていったが正規懸垂支点の右(涸沢側)に懸垂支点がある、といった記述は見当たらなかった。
  2. その間違った懸垂支点もシッカリとしており、最近何度も使われた形跡が窺われた。
  3. 何故、懸垂支点が2箇所、1・2峰間のコルを外して涸沢側のガリー下に設定されていたのか。なお、その懸垂終了点から下は、涸沢カールへ急傾斜で落ちているのだ。
  4. 我々の後から追い付いた単独行者も同様にニセ懸垂下降点に誘われている。(我々が下から「こっちじゃないぞー!」と正規の地点を大声で指示した。)