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南アルプス間ノ岳 弘法小屋尾根(山梨県・白鳳会)

昨年の連休は、今回のメンバーで、五竜、鹿島槍を縦走した。好天に恵まれ、黒部の谷を隔て、岳人あこがれの剣岳が常に我々の視野にあり、否が応でも登高意欲をそそり来年の連休は剣を目指そうと誓い合っていた。

その来年が早くも今年になり、予定通り剣岳早月尾根の計画段階になってきた。が、早月ルートは穂高涸沢ルート同様、連休の混雑ルートで有名である。どうも気乗りしない・・・
身近で、しかも3,000m級で、静かなバリエーションルートは無いか、夜な夜な本と地図を眺めては、あーでもねー、こーでもねー・・・

結果、メンバーに投げかけたルートがこの間ノ岳弘法小屋尾根となった。



【概要】
まずは我々のバリエーションルートのバイブル書である白水社刊<日本登山大系 南アルプス>の言葉を引用しよう。

「どっしりと根を張る間ノ岳から東に延びる弘法小屋尾根は中級登山者には登りがいのあるルートであろう。間ノ岳を直接目指すのがなんと言っても魅力だ。・・・」

白根三山の東面の大きな尾根は北岳に池山吊尾根、間ノ岳にこの弘法小屋尾根、農鳥岳には更に長大な大唐松尾根がある。これらの尾根は野呂川の支流である荒川の深い谷より主脈尾根として形成される。

登山道があるのは池山吊尾根のみ。上記バイブル書にはこの弘法小屋尾根で2日目に山頂に立つ事は難しいとある。

我々の時間は下山を含め3日間。撤退覚悟、駄目元で入ろうと言う事となった。



5月3日(水) 天候 晴れ
午前3時半、予定通りもみ亀が迎えに来る。4時にバン亀を拾い、一路、夜叉神峠入口へ。

駐車スペースにはまだ充分余裕があるが、さすがの連休、早朝より鳳凰に向かう登山者で賑わっていた。天候はまずまず。我々も身仕度整え5時出発。

いつもの様、夜叉神トンネルの長い歩きから始まる。林道沿いのタラの芽の咲き具合を確認しつつ、鶯の鳴き声を聞きつつ、山も春なんだ、と、つくづく感じつつ、見上げれば白根高峰は真っ白に残雪かかえ、登高意欲をそそられつつもこれから遥か下の野呂川まで一旦450m下降と思うと、つつと言う前向きな姿勢はぶっ飛んで、気持ちは野呂川の川底へ転落して行くのであった。

鷲住山の急な下りをほぼ駆け足状態で下り、吊橋を渡り、荒川出合い荒川橋で小休止。

更に荒川沿い右岸のダム工事道を行く。やがて林道は消え、取水管理道となり、一旦川底に降りる。取水管理道なのでいたる所に目印、また、危険箇所ははしご、桟道化されており、やがて北沢と南沢(本谷)の出合いの吊橋に出た。

地図上ではここが弘法小屋尾根の末端になる。標高1,300m、間ノ岳との高度差1,889m。樹林帯の急坂が始まった。黙って耐えてひたすら登る。やがて明るい尾根に出、更に進むと作業小屋(取水管理小屋)に出た。

もちろんここまでの道、また、この小屋などは荒川発電所の管理なので地図上には無い。但し、地図上には取水口とパイプラインが水色の点線で明記されているため、我々が今どの位置にいるかは明確である。この小屋から北沢、南沢の取水口に水平道が左右に展開している事もわかるのだ。

さて、問題はここからだ。二つの尾根が有る。どちらを行っても上でつながるだろうが、右尾根は相当なブッシュ、左尾根は笹薮の急斜面。迷った挙句、真中の落ち葉ぎっしりの急な涸沢行く事にした。

ぐんぐん高度を稼ぎ、左の尾根が明るくなりだした。左尾根にエスケープ。ツガの原生林帯の尾根だ。所々、遥か昔に入ったのだろうか色あせたテープが見つかる。やがて残雪が現れ出した。ブシュの格闘プラス残雪の格闘が始まった。

しんがりを歩いている俺、何か下の方で人の気配を感じる・・・俺ら見たいな物好きがいるのか?それとも空耳か?しばらく立止まり様子をうかがう。木の折れる音、複数である事、勢いがいいパーティが近づいてくる。「おーい、亀、後続がいるぞ・・・」「後続??」

トップを行くバン亀が立止まる。ちょっとした平坦な尾根で小休止。後続がいるならラッセルを交代してもらおうと言う魂胆だ。挨拶かわし目の前を通り過ぎていく。

構成は5人、おそらく大学の山岳部だろう。二十歳前後と見た。おかしいのは彼らの格好だ。色あせたジャージに、ザック、ピッケル、メットやら彼らの年数以上に相当使い込んでいる代物で、おそらく部室にあった共同装備だろう。

貧乏学生そのまま、しかし頼もしいではありませんか、昨今、中高年登山ブーム、まして、誰も見向きもしないこんな藪の長大な尾根に入るとは・・・

尾根は更に急になり、腐れ雪は更に深くなり、大学パーティがもがき苦しんでいる上にバテ気味のひとりが出ている。ラッセル交代ししばらく上がると急斜面帯を脱した。小休止。もうすぐ三角点ピークである2,386mに達するだろう。

一日目の行動目標はこの三角点ピークだ。三角点に到達出来なければベースキャンプを張り、翌日間ノ岳へピストン。三角点ピークを越えたら縦走継続の予定だ。

「奴ら、面白いよ、今日、飯、なんごーとか、タラの芽食いてーとか・・・ほんで、なんか俺にね、敵意じゃないけど年が近いからみんなちらちら俺の事見るさ・・・」とバン亀。「親しみがあんのだろうな・・・」5人が上がって来た。「ラッセル交代!」と俺。はいっ!と元気に帰ってくる。昔、俺もこんな事あったっけと懐かしさがよみがえる。

腐れ雪に足をとられつつも徐々に高度を稼ぐ。14:40分三角点ピークと思われるピークを通過、一日目の目標クリア。こうなればできる限り森林限界まで稼ぎたい。

大学パーティは1人が完全にバテ、木にうずくまり1人が介護。俺らは更に高度を稼ぐ。

先行大学パーティ3人が小休止していた。「下の奴らがコールしているぞ」「あっ、すいません。」もう彼らはここで天張る覚悟だ。我々は時間もあるので更に前進。岳樺も所々出、尾根もやせてきた。16:20分標高2,600m付近、天場に適しているので本日はここまで。

山頂まではまだ標高差にして600m近くあるが明日は待望の雪稜歩きだ。今日は重荷でほぼ12時間行動だった。飯を食って早々に寝た。

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5月4日(木) 北西の風後強く後ゆるく快晴
3時半起床。身体のあちこちが痛い。飯食ってテントをたたんでいると大学パーティが上がって来た。「おはようっす!」快晴が故、みんなニコニコ顔だ。我々も追って出発。

腐れ雪は早朝の冷気で凝縮しアイゼンが効き気持ちよい。森林限界出た。早朝の3,000m級の峰々が我々を迎えてくれる。盆地は雲海の下。北岳は三角錐となり天を突き刺している。

もうすぐ衣替えになる丸々太ったつがいの雷鳥にいくつも出会う。バン亀がカメラに収めている。2,821mの標高点を越えると15mほどの岩稜の下降となるがロープは必要としない小さな登下降を繰返し、標高点2,935m、ちょっとしたナイフリッジ帯を行く。

眼下は間ノ岳大カール、アルパインスキーヤーにはたまらんカールだろう。

大学パーティのピッチは早い。先頭は既に間ノ岳稜線に出ている。我々も最後の雪壁を慎重に登る。誤れば八本歯沢まで落ちるだろう。稜線に出た。北西の風が強い。重荷を投げ出して間ノ岳山頂をピストン。9:50分、3,189.3m本邦第4位、間ノ岳登頂。握手。

風が強く写真を撮りすぐ下山。荷物を回収して北岳山荘まで行く。山荘の雪斜面で腹ごしらえをする。山荘から八本歯までのトラバースルートに踏み跡あるが、雪崩が恐いので、一旦北岳山頂を目指す。

西側斜面のトラバースには要注意!足元が崩されれば両叉左谷にたたき落とされる。ピッケル、アイゼンでしっかりとクリア。池山尾根の分岐に着いた。

北岳山頂はすぐそこに有るがみんな興味無し。核心部はすべてクリア、今日の宿泊は八本歯ノ頭下にテン張る予定なのでのんびりする。

緊張感から開放されたのか俺はもよおしてきた。我慢は身体によくない。岩場をトラバースしホールドとスタンスを決め岩からお尻を出す。これ、結構な技が必要。ホールドが剥がれれば情けない姿の遭難者となる。またトレぺの処理もそのままだと風で顔面に張付く可能性大、処理後はこまめに石等を載せる。これを片手で行なわなければいけない。

要するに敵を充分ひきつけ(放出寸前)てあらゆる準備を行い、かつ安全に速やかな処理が要求される。脱線したが<生理的現象岩場での対応>大事な事です。

大樺沢分岐を過ぎ八本歯の頭を超え、北岳のバットレスの眺めのよい平坦地が今日のテン場だ。時間も充分あるので濡れた物を乾かし、何といってもここは3,000mの稜線なので風対策のブロックを充分積み、日のあるうちから成功の祝杯をあげた。夜は甲府盆地の夜景と星空が凄く、明日の御来光が楽しみだ。

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5月5日(金) 無風快晴
一万尺の夜が明けた。身体中が痛い。バン亀は夜明けのバットレス写真を撮りに行く。

やがて峰々がピンク色に、そして眩しいばかりのオレンジの太陽が顔を出した。最高の気分だ。今日は下るだけ、コーヒーをゆっくり飲み朝食をとり下山。

ボーコン沢ノ頭までの稜線漫歩は、おととい、昨日と頑張って上がった弘法小屋尾根を右手に見ながら行く。ボーコン沢ノ頭でアイゼンを脱ぎ、白根の峰々にさよならを言い、長い池山吊尾根を汗ぐだぐだになり林道に出、おととい渡った吊橋を渡り、きつい鷲住山を450m登り返し、広河原林道工事殉死者記念碑(見晴し)でザックを投げ出した。

野呂川対岸のこの大きな山塊、よくもまあ歩いたもんだ。3,000m級の峰々は春の陽光でキラキラ光っていた。

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【コースデータ】
2000/05/03(水)
韮崎3:30=4:30夜叉神峠入口P 5:00~6:20鷲住山~7:20荒川橋7:45~8:50吊橋(荒川北沢、南沢出合い)9:10~9:50取水管理小屋10:10~14:40三角点2,385.7m~16:20テン場2,600m

2000/05/04(木)
テン場2,600m付近5:40~9:50間ノ岳山頂10:00~11:10北岳山荘11:40~12:40北岳分岐
13:00~14:00八本歯ノ頭下テン場

2000/05/05(金)
テン場8:00~8:40ボーコン沢ノ頭9:00~10:30池山小屋~12:00歩き沢橋12:20~13:45
鷲住山~14:00林道工事殉死者記念碑(見晴し)14:20~16:00夜叉神峠入口P=17:00韮崎

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昨年の暮れに池山吊尾根を上り北岳に行った。まさかGWにこの弘法小屋尾根をやるなどつゆにも思わなかった。白根三山東面の主脈を順番で行けば次は尾無尾根で最後が大唐松尾根と言う事になる。今回、農鳥岳のアルパイン的格好良さには目を見張った。

しかし、大唐松尾根はスケールが大き過ぎて食指はわかない。尾無尾根はベッタリすぎて尚わかない。むしろ農鳥に突上げる荒川本谷から各支稜に魅力を感じた。時間がとれれば是非やっつけたい。

弘法小屋尾根の名はどこから来たのだろう。登山道の無いこの尾根は無積雪期では相当なブシュとの格闘及び森林限界に出てもガラガラの岩クズに悩まされるだろうし、ましては水が取れない。

登山大系にはアンザイレンが必要とあるがそれなりのパーティでは必要としない。但し天候条件や雪質コンデション(部分的下降、ナイフリッジの通過、最後の雪壁)による場合があるので携行すべきであろう。


参考資料;白水社刊<日本登山大系 第9巻 南アルプス>
2万5千地図;国土地理院発行<夜叉神峠 間ノ岳>

白鳳会 植松一好


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