スイス・マッターホルン初登頂までのストーリー

dakekanba-admin

期間:2015.8.1-8.10

場所:スイス(ツェルマット)

8/3 ブライトホルン(4164m)登頂

8/5 マッターホルン(4478m)登頂

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マッターホルン挑戦の事の発端は、前の山岳会でベテランクライマーがマッターホルンに挑戦している姿を見たことからでした。そのとき私は山経験がほとんどなく、クライミングをやってみたい雪山にも行ってみたいという希望を抱き入会してまもなくだったので、人が山に挑戦する姿に衝撃を受け感動しました。そのうちに、いつかは私もそんなところにいけるようになれるのかなと思い始めたのです。

入会後1年間フリークライミングを中心に楽しく山をやっていましたが、アルパインクライミングへの憧れは強くなる一方、しかし残念なことにその会にはアルパインクライミングをやる人も教えてくれる人もいませんでした。そこで友達を介して知りあった海外登山経験の豊富なアルパインクライマーのSさんが山岳ガイドになったので、それを期にSさんにマッターホルン登頂を目標にすえて、一からクライミングの指導をしてもらうことにしたのです。

その後、前の山岳会を卒業し、クライマー集団の当会に移籍したのがマッターホルンに行く半年前、さらにいろいろな助言を受けることが出来ました。

マッターホルン登頂のための構想1年、さらに訓練とトレーニングに1年を要し、ようやく初登頂することができました。山を始めて2年4ヶ月の女性が、どのようにマッターホルン登頂にこぎつけたのか、成功ポイントや失敗など含め、好き勝手に報告したいと思います。

まずは、マッターホルンを見据えた頃、情報やいろいろな方の体験を集めて、いまの自分を分析した結果、経験不足体力不足高所適応能力あきらめる度胸の4点の克服しなければならない点や課題が見えてきました。

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<あきらめる度胸>

上記の中で一番違和感のあるフレーズだと思います。これは私の周りのマッターホルン経験者には実際、登頂成功者がいませんでした。いずれも雪など気象状況などが敗退原因でしたが、誰しもが口にしていたのが悔しかった、ダメだと言われても登りたかったというものでした。それなりのお金と休みを費やして敗退するのですから、悔しさも4000m級だなと思いました。

いくらこれから頑張ってもマッターホルン登頂で一番難しいのは天候なので、最初からはっきりとあきらめる度胸も必要と心に誓いました。あきらめる覚悟ではなく度胸にしたのは、あきらめるのにも度胸が必要だと思ったからです。今年ダメだったら来年また挑戦するくらいの度胸がなければいけないと思いました。

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<経験不足

経験不足、これはもうどうしようもありません。経験を積む以外にないのですが、安全面からも迷わずにマッターホルンはツアーのガイド登山を選びました。賛否両論ありますが今回の私の選択は大正解でした。ツアーといっても成田空港で同ツアー参加の福島からの男性(初対面)とふたりで集合し現地に行って、現地では案内してくれる人がいるというスタイルですので、添乗員がいるようなツアーではありません。

ネット上で多くのマッターホルン・ガイドレス登山の記事が載っていますが、実際に行ってみてかなりの危険行為だと思いました。私も登っている最中に常にガラガラと落石の音がしていました。マッターホルンはあの鋭い尖った形が魅力の山です。私が登ったヘルンリ稜ルートは一番一般的なルートですが、いわゆる尖った山並みの角(カンテ)をひたすら登っていきます。ですから左右の東壁と北壁は大斜面になっていて、常にガラガラ落石しています。

実際登ってみるまではカンテをそのまま上がっていけばいいのでしょう~と私も楽観視していましたが、あれだけの大きな山です、登っていてもカンテ上に自分がいるようにはまったく思えない岩場を登っていきます。少し離れた他の人を見て、あぁ~角を登っているなと分かる程度です。それぐらいルートファインディングは難しいのです。

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今年マッターホルンは開山150周年です。大げさですが150年登られているルートはどこも人が通った痕跡ばかりです。間違ったルートも150年間ずっと間違えられて人が通っているのです。特に下りはロープをつないだガイドより先行してクライアントのクライマーが先に降ります。私がルートファインディングしながら、ほとんどクライムダウンで降りていったのですが、絶対ここだと思うルートでも右だの左だの後ろのガイドから指示され、ビックリするような方向に誘導され「嘘でしょう・・・?」と思ってもきちんとリッジに出るのです。これはガイドがいなければルートを誤って滑落する、または時間がかかりあっという間に夜になると思いました。

 

実際に私は登りでポケットに入れていたハンカチを落としてしまいましたが、下りでピッタリ同じルートを降りているので足元にハンカチを見つけたときにはビックリしました。

同じ日、ヘルンリヒュッテからアタックした日本人は自分も含めて6人が挑戦しましたが、2人しか登頂できませんでした。全員がガイドとマンツーマンでロープをつないで登るガイド登山です。アタック時は快晴無風で最高の天候でしたが、ガイド登山ならば必ず登れるわけではないのですが、命を失う確立はかなり少なくなります。マッターホルンは登りより下りの方が技術的にも体力的にも難しいのです。登りとほぼ同じ時間またはそれ以上かかり降りてきます。降りきる体力と技術がなければ時間がかかるだけですので、ガイドは危険と判断し下山を宣告するでしょう。

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ガイド登山が嫌煙されるところはそこにもあるのでしょうが、安全に登山できるかの判断を他人にされたくないという人は、すでに安全な登山は出来ないと思います。マッターホルン特有の気象状況や変化を迅速に判断できるのでしょうか?ルートを迷うことなく的確に判断して進むことが出来るのでしょうか?何回マッターホルンに行っているのですか?ということです。日本で20年30年山をやっていても、マッターホルンが初めてなら私と同じだと思います。ここで言う経験不足とはマッターホルンの経験そのものも指します。

自分の経験したマッターホルンにおいて、ガイド登山は安全に登山するための必須条件だと思っています。スイスではガイドレス山行をして遭難したり、遭難騒ぎを起こす日本人が後を絶たないと問題視されています。

実際に私が帰国する日にもマッターホルンでは、ガイドレスで登った2人組みの日本人が2人とも亡くなりました。とても残念です。

スイスガイド協会では必ずマッターホルンの事前テストとしてブライトホルン登山を行います。ガイドとしてはアイゼンワークや登攀スキルを確かめる意味であり、クライマーとしてはプレ山行と高度順応になります。これはクライマーとガイドの2人の安全を守るためです。

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ツェルマットの同じホテルに宿泊していた日本人男性は、ブライトホルンのプレ山行でマッターホルン登山は無理と判断されて、ガイドと他の山に登ってきたと言っていました。マッターホルンアタックでは出発してしまったらどの時点で引き返しても同一料金でお金は返ってきません。30分で降りてきても10時間かかっても同じです。

私はブライトホルンでガイドからOKをもらえましたが、ブライトホルン登山の5時間はまさにマッターホルンの縮小版でしたので、最終調整としてお勧めします。結局、ブライトホルンで4000m級の最終高所順応ができたおかげもあって二日後のマッターホルンアタックは苦しさや辛さはなく、とても楽に登れました。

マッターホルンはテント禁止なので、登山者は前夜ヘルンリヒュッテに宿泊します。朝の4時半から順番にヒュッテを出発するのですが、出発順番が決まっています。最初は地元のツェルマットのガイド組が出発します、次にそれ以外のガイド組が出発し、ガイドレス登山はその後になります。

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これは地元のガイドにとってのホームの意味ももちろんありますが、安全面からも考えられているようです。山を一番に知っている者が先に行くのは当然ですが、天候等もいち早く察知してガイド山行全体のリードしてくれているようです。しかし地元のガイドさんは下山判断が一番厳しいようで、地元以外のガイドさんは優しいようです。私のガイドさんはオーストリア人でナイスガイでした。

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体力不足

マッターホルンでは標高差1200mの岩登りを、長時間続けられる体力とバランス力が必要です。山の体力は山でつけろ!との先輩方のアドバイスで、フリークライミングをやめて山にどんどん行くようにしました。ランニングも取り入れて心肺機能も上げ(データがないので上げたつもりですが)ました。無駄な筋肉をつけずに体力と心肺機能を上げるにはランニングはとても有効な下界でのトレーニングだと思いました。

週末は山に行って、平日はランニングとボルダリングをしました。案の定、故障しました。ボルダリングでムキになってやりすぎてテニス肘になってしまいました(下手だという証拠でもあります)。

自信がない→頑張ってトレーニングする→故障する。わかりやすい失敗です。私はもともと頑張り屋なのでテニス肘になったことで内面的な問題点が見えてきました。身体を壊さないようにセルフコントロールすることが新たな課題となりました。これもやはり経験不足からくるものだと思いました。ベテランの方と一緒に山に行くと常に最悪を想定し、常にいろいろ考えながら、冷静に行動しています。がむしゃらに頑張る事が成功への鍵ではないことを学びました。結局、テニス肘はスイス出発までに軽快はしたものの完治出来なかったのです。

スイス出発までに山岳ガイドのSさんにマッターホルンを想定した実践訓練をお願いしたところ、残雪期にアイゼン登攀をするのがいいでしょうということで、5月の終わりに前穂北尾根にSさんのガイドでプレ山行に行きました。山の経験が浅くそれもクライミングの経験しかない私は、今回の前穂北尾根から明神前峰縦走が、なんとはじめての穂高でした。

登山スタイルもマッターホルン同様にマンツーマンでロープを結び、それまでにマッターホルンのアタック時の装備リストを作り、体力や技術だけを試すのではなく、サブザックからハイドレーション、行動食や服装に至るまですべて実践を想定し試してみました。

プレ山行を終え、Sさんから「体力も技術もバッチリ大丈夫、あとは天候だけだね」とお墨付きをいただき、ホッとしました。しかし、ずっと指導してくれて私の性格も知っているSさんから、マッターホルンは長期戦ではなく短期戦なのできちんと体調管理してアタック時に万全の体調にするようにと念押しされてしまいました。やはり最終課題はセルフコントロールです。

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<高所順応>

マッターホルンは4478mです。自分の身体が高所に耐えられるかは体質が大きく関係してきますが、富士山より高いところに登ったとこがない私にとって自分の高度順応能力は未知数でした。

そこで前の年に、以前より興味のあったキリマンジャロ(約6000m)に行き、重篤な高度障害が出ないかどうか、そして高所での自分の症状の出方のデータを取りました。頭痛、消化器症状(食欲不振・嘔気嘔吐)、めまい・倦怠感、睡眠障害などの症状の観察と血中酸素濃度を計りました。

私は看護師なので自分のパルスオキシメーター(指に挟んで血中酸素濃度を測る機械)も持参して、高度毎や一日の変動毎のデータも取りました。私の場合は5000mから消化器症状(嘔気と嘔吐)が出始め、頭痛はまったく出ませんでした。症状も重篤でなく、キリマンジャロ最高地点ウフルピークへの登頂も果たせたので、時間をかけて順応できれば問題はないと判断できました。

キリマンジャロ登山は4日間かけてゆっくり登頂するので、事前には富士登山はしなかったのですが、アタック時には消化器症状で苦労したので、短期戦で限られた日数の中マッターホルンで登頂を果たすには、出来る限り登山前に高所順応をきちんとしておいたほうが良いと判断できたので、現地出発前に日本での高所順応訓練をきちんと取り組みました。

そして、Sさんから日本での高所順応の方法を指導していただきました。日本では富士山より高い山はないので低酸素室を利用する以外は富士山で高所順応訓練するしかありません。高所順応は高所に登ること事態で順応するのではなく、その後の休息時に身体が順応していくので、富士山下山後にしっかり休むことが大事と教えてくれました。1回目の富士登山は登って降りるだけ、2回目は頂上で少しゆっくりしてから下山する、3回目は頂上で宿泊しました。

人間は睡眠時に呼吸回数が減り、呼吸は浅くなります。ですから高所では睡眠で高山病が出現したり悪化したりします。私の場合上記の3回を2週間おきに行ったので、出発前の一ヵ月半かけて国内で出来得る高所対策をしました。高所では、いかに酸素を有効に取り入れ体内で利用するかが重要なので、毎回登山時には呼吸法にも注意し、自分の呼吸ペースをつかむようにしました。私の高所順応トレーニングは毎回天候にも恵まれ、実際に富士山に3回登ることが出来ましたが、季節や富士山までの遠近なども考慮すると、低酸素室での順応もとても有効だと思いました。

また、当会会長から高所での食事がいかに大切かを教えていただきました。ヘルンリヒュッテは標高3260mなので一晩寝てアタック前に体調が悪くなってしまう人もいると聞きました。実際キリマンジャロの経験からも高所では消化器症状が出ない時でも食欲が減退していったので、栄養補給の試行も富士山高度順応訓練と一緒にしてみました。最近のレトルトのおかゆやおかずなどは素晴らしく、すごく美味しいです。日本からレトルト雑炊を持参し出発前の朝食にしました。行動食はポッケの中に入るだけのスニッカーズミニとパワージェルを入れ、足を止めたときにすばやく摂取しました。私は5時スタート-9時登頂-13時下山(登り4時間・下り4時間)でトータル8時間の登攀でしたが、シャリバテは起きませんでした。ハイドレーションには日本から持っていった経口輸液飲料水を入れて水分をすばやく吸収するようにしました。マッターホルンではヘルンリヒュッテ以外にトイレは途中にもソルベイ避難小屋にもありませんが、私は下山までトイレに行くこともありませんでした。

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<副作用>

準備万端でスイス入りし、テスト山行であるブライトホルン登頂を終えたときに、自分はおそらく二日後のマッターホルンは天候の急変がなければ登頂できるであろうと成功の確信がもてました。実際のアタックは、幸運にも快晴無風の好天に恵まれ、ヘルンリヒュッテからの往復8時間はあっという間で、ほんとうに楽しく登ることが出来ました。

この自分で描いたプロジェクトは、周りの人達の協力や多くの人の応援のおかげで、努力が実を結び素晴らしい形で幕を閉じました。しかし、いろいろな人からアドバイスも聞いたことで、そのことが心の呪縛となっていたことに登頂成功して、日本に帰ってきてから気づきました。これもいわば経験不足が招いたものかもしれません。他人の意見にとらわれすぎて、素直に100%登頂を喜べなかったのです。

世の中いろいろな考えの人がいます、こういった登山スタイルも私の考えや行動も否定する人もいます。いつしか登頂成功がノルマになり、必ず登頂を果たさなければならないもののようになってしまったのかもしれません。初登頂できて嬉しいという気持ちの奥底に、達成できてホッとした、登頂できなかったらどうなっていただろうか・・・という気持ちがあったのです。せっかく自分の念願がかなったのに、心の底に刺さった小さなトゲが自分で抜けませんでした。

そんな時、当会のベテランの方々の言葉に救われました。「他人の意見にとらわれることなく、自分の価値判断で、自分に正直に行動すればいい」と言っていただき、心のトゲ(呪縛)が融けた気がしました。

今回のマッターホルン初登頂そのものが、その後に成功談となるのか失敗談となるのかは、自分次第だと思います。そして自らも楽しみにしています。

これまでのストーリーにご協力・応援してくださったすべての方々に感謝いたします。本当にありがとうございました。

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成功ポイントその一、ガイド登山

・成功ポイントその二、きちんと高所順応訓練に取り組んだこと 

・失敗その一、トレーニングをやりすぎてしまったこと

・失敗その二、他人の意見にとらわれすぎてしまったこと