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2006年08月23日

トップページFlash写真集 女だけかんば@北穂画像追加しました。

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2006年08月20日

二人合わせて111歳コンビのアルプス登攀日記(投稿)

 昨夏のアンデス6千メートル峰速攻に成功後、次の目標としてアルプスの大岩壁が浮かび上がってきました。
最初はどうせ行くなら目標は大きくということで、以前から山行をともにしていた友人と互いに身の程も知らずにグランドジョラス北壁のウォーカー稜を狙うことになりました。
ところが、そのトレーニングとして予定していた冬の滝谷や一ノ倉が諸事情で登れず、12月の小同心、3月の権現東稜、5月の屏風雲稜くらいしか登れませんでしたので、ミックス壁のトレーニングが絶対的に不足しているということで、フラットソールだけで登れるところとしてグランカピュサン東壁とミディ南壁が候補に上がりました。ただ出発直前は天候不順が続き、外岩がほとんど登れない週末が続きましたので、やむをえず比較的お手軽な(と、その時は思っていました)ミディ南壁に最終的に決定しましたので、かなりモチベーションが下がってしまったのは事実です。

ミディ南壁は3800メートルと富士山よりも高いところにロープウェーで一気に上がって取り付くのでその高さに完全に順応していることが必須です。お互いに4回程度は富士山に登って高度に慣らしましたが、私の場合は富士登山競走の練習及び本番を兼ねて行ったので、いずれも頂上付近の滞在時間が非常に少なかったツケを後で払わされるハメとなりました。
また技術面では天候不順で外岩は登れなかったものの、ジムでは充分登り込み、トエルブ(5.12)に手が届くくらいまで調子も回復してきましたので、技術的にはなんの不安も感じず、ただ限られた日数内に登れるコンディションがやってくるかという点だけが気がかりでしたが、こればかりは運まかせということで出発の日を迎えました。


8月5日

 午前中に成田を出発したBA機は一路ロンドンへ飛び、ヒースロー空港で乗り換えてジュネーブに向かいます。一週間後にここで大きなトラブルが待ち受けているとはこのときは知るよしもありませんでした。ジュネーブに到着したのは夕方で、空港近くの予約したホテルに向かって歩いていきますが、入手した地図では空港のすぐ近くにあるはずなのに場所がわからず、結局、空港まで戻ってタクシーを利用することになりました。長い々々一日でした。


8月6日

 朝7時にジュネーブ空港前からシャモニ行きのバスに乗り込みます。途中、ジュネーブ中心街で日本の団体客と同乗となり、日本語のガイド付きでシャモニまでの2時間の旅を楽しみます。シャモニは今回が20数年ぶりの再訪となりますが、前回の記憶は全くなくて地理不案内なため、まずスネルスポーツの場所を確認して、そこで日本人店員の神田さんの世話を受けることになりました。スネルスポーツでは60メートルザイル、アタック用ザック、ガソリンカートリッジを購入し、山岳保険の手続きも済ませてから山の様子を聞くと、「今年は雪が多いので条件は良くない。ミディ南壁も雪がついていて今日は登れないが、数日好天が続けば登れるようになるだろう」とのこと、我々も最初は高所順化を兼ねてダン・デ・ルカン南東稜を登るつもりでしたので、日程的には丁度いい塩梅であるとホッとしました。

その日のうちにルカン小屋に行くつもりでしたので、ルカン小屋の予約もお願いすると、「ずいぶんと変わったところへ行くのですね」と言われましたが、その言葉の意味は後で実感することになりました。「今からキャンプ場経由で行ったら、小屋に着くのは夜中になりますよ」とも言われましたが、まさかそんなことはあるまい。急いで行動しろという意味だと勝手に解釈しました。

中心街から15分くらいのところにあるキャンプ場にテントを張って、荷物をデポしてから登山電車に乗り込み、モンタンベールには2時頃に着きました。
前回はここから見るドリュの偉容に圧倒されたものですが、今回はドリュ方面は雲に隠れて見えなくて残念でした。遊歩道からはいくつものハシゴを伝って、メール・ド・グラスの氷河に降り立ちます。ここで私は運動靴、相棒は軽登山靴にアイゼンを付けて歩き出します。しばらくは氷河でトレーニングする登山者で賑わいますが、そのうちに誰もいなくなります。途中、上から降りてくる二人連れに会ったのが、この日最後に見た登山者でした。やがて氷河の様子は一変し、クレバスが縦横に走りようになって進路を遮ります。折悪しく雨も降ってきて視界も悪くなってきたため、スタッカートで進むことにしましたが、大きく迂回しながら行くので、時間ばかりかかります。

1時間以上頑張ってやっとクレバス帯を越えて氷河を進むと、前方の岩山の上にルカン小屋が見えてきます。ところがその横の氷河は先ほどよりももっと悪いクレバス帯となっていたため、これはヤバイぞと思いましたが、幸いなことにハシゴが岩肌にかかっていて、クレバス帯を通らずに小屋に行けることになりほっとしました。

レビュファの本では小屋まで3時間となっていましたが、我々はクレバス帯に難渋したため5時間もかかってしまいました。小屋に着くと入口は開いていましたが、いくら呼んでも返事はなく無人小屋となっています。最初は狐につままれたような気分でしたが、次第に事態が飲み込めてきました。こんな苦労までしてわざわざルカン小屋まで来るような物好きはほとんどいないのでしょう。今日はたまたま予約があったので小屋は開けておいたが、客二人では営業にはならないので小屋番は降りてしまったのでしょう。さっきすれ違った二人連れがそうなのかもしれません。アルプスの山小屋はとてもおいしいディナーを用意してもてなしてくれると聞いて期待していただけにガッカリしましたが、やむをえず持参したボソボソのパンを囓って眠りにつきます。幸い布団は使い放題でしたので、寒さを感じることもなく安眠できました。


8月7日

 今日は快晴でドリュやベルト針峰が物凄い迫力で迫ってきます。二人で50ユーロを入れたビニール袋に「Meruci」と書いた紙を入れてドアの内側にぶら下げて小屋を出ます。
すぐ氷河に出てからルカンの東壁の下を通り、南東稜を回りこんで取り付きに向かいます。レビュファの本では取り付きまで1時間となっていますが、我々は特に手間取っているわけでもないのに2時間かかってしまいました。もうレビュファの時間は我々の参考にはならないという気になってしまいました。

取り付きからルートを偵察すると、リッジまで繋げるバンドがすっかり雪に覆われていてとてもフラットソールでは登れそうにありません。あっさりとあきらめて下山することにしました。
下降はかなり急で部分的に氷化した雪面となるので、軽アイゼンの相棒は難渋するであろうと予想し、相棒はザイルで確保されて先に降りてもらうことにしました。私は運動靴ではありますが、出っ歯のアイゼンなので安全に降りることができます。小屋の近くまできてアイゼンを外して歩いていると、何でもないところで転んで顔面を岩に打ち付けてしまいました。前歯を折ったかと思いましたが、幸い先端が少し欠けた程度で済みました。もう少しで保険のお世話になるとろでした。

小屋付近から氷河を見下ろすと、右岸の端はずっと土砂をかぶった状態が続いていました。あそこを行けばクレバス帯の危険は避けられるに違いないと、氷河に降りてからは右岸を行くことにしました。案の定、昨日の苦労が嘘のようにクレバス帯もなくスムーズにモンタンベールに着くことができました。

登山電車に乗ってシャモニに帰り、駅前のカフェテラスで飲んだ生ビールの旨かったこと。それからはカフェテラスでのビールが山からの帰りの習慣となってしまいました。

翌日は休養日の予定となっていましたが、休養が必要なほど歩いてもいないということで、急遽、予定外の赤い針峰群に行くことになり、スネルスポーツでトポを買い、ルートを研究することにしました。主峰のブレバンにあるFrison-Rocheという6ピッチのマルチが面白そうでしたが、1ピッチ目と4ピッチ目にある6aというグレード(フレンチグレード)がデシマルだとどの程度なのか見当がつかないので、午前中はショートルートを登って当地のグレード感覚を身につけてから午後にマルチを登ることにしました。

その晩は(といっても9時頃までは明るいのですが)スーパーで買ったソーセージと野菜を炒めた簡単な食事を済ませて当地へ来て初めてのテント生活を送りました。因みにこのキャンプ場は住宅街のはずれの中にひょっこりあるようなところですが、無料のシャワー設備もありトイレも清掃が行き届いていて廻り目平よりは快適なのにもかかわらず、1人1日千円程度の利用料です。


8月8日(プレバンの岩場にて)

 始発のロープウェーでブレバンに向かいます。2900メートルの終点から遊歩道を降りていくとショートルートのある壁はすぐわかりました。我々の後に別の二人連れが来たくらいで他はだれもこない空いている壁です(観光客はたくさん来ますので、ギャラリーは結構いますが)。我々は

一番易しそうな5aのスラブから登りはじめます。デシマルだと10aくらいでしょうか。5b、5c(10cくらいか)とグレードを上げてもまだ余裕がありましたので、これなら6aも問題ないだろうと、マルチに向かうことにしました。
遊歩道をもう少し降りたところから右に踏跡を辿って取り付きに向かいます。ブレバンのこのマルチは、シャモニ針峰群が温暖化で岩がゆるんで危険な状態になってきているため、今やシャモニ一番の人気ルートになっているということで、先行パーティーがたくさんいます。我々の後にも2パーティー来ましたが、うち1パーティは時間がかかることを懸念してか帰ってしまいました。
もう1パーティーは若い男女のペアで、男の方は日仏のハーフでなかなかの登り手でしたが、自宅に平山ユージが居候していると言ってました。彼らは順番待ちの間、抱き合っているのには参りました

しばらく待って我々の番となります。1ピッチ目は6aということでしたが、さきほどの5cよりはずっと易しく感じました。ボルトもいっぱい打ってあり、アルパインという感じはあまりしません。
2ピッチ目は5b、3ピッチ目は5cと続き、4ピッチ目の途中からコーナーに入る6aの部分が核心のようです。先行のノルウェー人パーティーの女性のセカンドがあまり上手でないので、すぐに追いついてしまいます。
最後のコーナークラックでは先行の女性が苦労しながら登っていきます。ようやく登り終えたので後に続きます。ナチュプロだけでも充分登れそうですが、ボルトがしっかりと打ってあるので気が楽です。デシマルだと10台後半というところでしょうか。頑張れば行けたのでしょうが、一度テンションを入れてしまいました(トホホです)。

次は歩きのピッチで最終の5cとなります。難しくはないのですが長いピッチです。途中で気がついたら、終了点まではまだだいぶあるのにカラビナをほとんど使いきっていました。それからは多少間引きながらカム用のカラビナを使ったりして終了点までようやく辿り着きました。安全環付きでセルフビレーを取ると、もうカラビナは1個しか残っていませんでした。そのカラビナでグリップビレーをやろうとしていると先行パーティーのリーダーがそれじゃダメだといって自分の安全環付きを貸してくれて、半マストをセットしてこれでやれといいます。グリップでも問題ないと言おうと思いましたが、こんな所で争っても仕方ないので、おとなしく従うことにしました。もしかしたら当地ではグリップビレーは過去の技術で今はやってはいけないという考え方が定着しているのかもしれません。

相棒が登り終えてから礼を言ってカラビナを先行パーティーに返します。その時は最終のロープウェーまで30分あまりです。ここから乗り場までは数分程度ですが、我々は余分なガチャ類を取り付きに残置したままです。すぐさまクライミングシューズのまま遊歩道を駆け下ります。取り付きで靴を履き替えてから荷物を背負って坂道を上り出します。フーフー言いながら最終ロープウェー発車数分前に滑り込むことができました。なんか今年の富士登山競走の再現みたいで最後まではらはらどきどきでした。

街に降りると例によってビールで乾杯し、明日のミディに備えて栄養をつけておこうとステーキを腹をいっぱい食べました。スネルスポーツに寄って神田さんに訪ねるとミディ南壁もそろそろ登れるコンディションになっているはずだといことでした。相棒が神田さんに必要なカム類のことを聞いていましたが、これは余計な質問でした。神田さんの話では要所々々にピンがあるからほとんどいらないようなことでしたので、それを間に受けてしまいましたが、これは神田さんと我々との技術の差を考えない浅はかな判断であることを後で思い知らされました。いずれにしても明日は今回の計画のメーンエベントです。期待と不安の入り交じった夜を過ごすこととなりました。

 
8月9日(ミディ南壁登攀日)

6時のミディ行きの始発のロープウェーを待つため1時間前に駅に着くと、既に先客がいて、その後も続々と人が集まってきます。この時間帯はまだ観光客がおらず登山者ばかりですが、いずれも縦走者のようでクライマーはいないようでした。
6時過ぎにロープウェーに乗り込み、途中1回乗り換えて一気に3800メートルの頂上に向かいます。頂上の建物の出口で運動靴にアイゼンを付けて歩き出そうとしましたが、その道はプランの方に向かう縦走路のようで南壁に行けるかどうか確信が持てません。そこでまたアイゼンを外して展望台の方に行ってみると、やはり先ほどの道から途中で右に別れる道があるに違いないと思われ、戻って歩き出します。案の定、途中から道が別れてモンブラン方面に向けてミディを巻いていく道がありました。

ミディ南壁しばらく行くと圧倒的なスケール(といっても200メートル程度ですが)の南壁が現れてきます。取り付きまでの踏跡はかなり古いもので、やはりここしばらくは誰も取り付いていないことがわかります。我々はレビュファールートを行く予定でしたが、相棒はトポを見ながら、ずっと左の方まで行ってしまいます。私はレビュファーの本の概念図からみてもっと右の方だと主張して戻りますと、取り付きと思われるところに着くことができました。

レビュファールートはトポですと1ピッチ目はIV、2ピッチ目がVI、それからはV+が続いた跡、後半はVからIVと易しくなってくるとあり、一方、インターネットの情報ではオールフリーでVIIとあります。
いずれにしても我々はアブミを持参しておりオールフリーで登るつもりなど最初からありませんでした。取り付きまでの雪の斜面にステップをつけてからクライミングシューズに履き替えて8時に相棒が登りだしますが、私がフォローするとなかなか登り甲斐があり、とてもIVとは思えません。2ピッチ目のVIはほんのワンムーブでそれほど難しくもなく、そこから先は横に走るクラック沿いにトラバースをしていきます。ナッツが良く決まり、安心して登れます。2ピッチ目の終了点に着くと後続パーティーが追いついてきますが、彼らは我々よりも右の方のルートに向かいます。

3ピッチ目はオーバーハングの左の急なクラックを行くV+のピッチです。相棒はナッツを決めるとアブミを取り出します。フリーで行くと充分10台はあると思われるところで、エイリアンを持ってこなかった我々としてはやむをえないところです。
相棒は人工にはあまり慣れていないと見えて、えらい時間をかけて登っています。その間に隣のルートを行ってしまった後続パーティーが結局はあきらめて取り付きに降りてしまいました。代わって別パーティーのトップが1ピッチ目のビレー点まで登ってきます。相棒は相変わらず苦戦していて、たてつづけに2回もアブミを落とすので、思わず「何をやってるんだ!」と声を荒げてしまいました。いずれも私がキャッチできたので、振り分けたザイルを降ろして回収してもらい人工を続けてなんとかこのピッチを終えましたが、なんと1時間以上も時間をかけてしまいました。

フォローの私はそんなに時間をかけるわけにはいかないので、A0で登り、ナッツはテンションをかけながら回収して登っていきます。後続パーティーがそろそろ来るかなと思って下を見ても姿を見せないので、2ピッチ目で難渋しているのかもしれないと考えましたが、後続パーティーに追い上げられないのは、精神的にはいいものです。

4ピッチ目は左上するV+のピッチです。ここを終えれば難しいところはあらかた終えたことになると思い、気合いを入れて登り出す。最初の数歩がデリケートな登りです。
その後、ナッツで人工で登って行きますが、ここでナッツが外れて数メートル墜落。幸いケガはなかったが、ナッツはやはりこわいです。下を見ると後続パーティーは取り付きまで降りてしまっています。時間的に見て他のパーティーが来ることも考えられないので、壁は我々の貸し切り状態となりました。順番待ちも珍しくないというレビュファールートでこんな状態になるというのは、コンディション不良を懸念して、みな取り付くのを控えたからでしょうか。

ルートは易しいランペを登っていきますが、カンテ気味のところを回り込むところがバランスを要して踏ん切りがつきません。ナッツがなかなか決まりませんが、ボルトははるか右下で大きくランナウトしており、ここで落ちたら振られて相当な墜落距離になると思うと、どうしても体が先に進みません。
エイリアンでもあれば固め取りして突っ込んだかもしれませんが、あきらめてランペの下まで戻ります。ここから直上するワイド気味のクラックを見上げると途中に1本の古いクサビが残置してあります。手持ちのカムでも奥の方にセットすれば使えるのではないかと考え、下で使ったカムを回収しながら登るという方法でなんとか手持ちのカムだけで登り切ります(もちろん人工ですが)。
相棒にフォローしてもらいますが、出だしでいきなりショックがかかります。墜落した際に小指の靱帯を切ったみたいで、小指が曲がらなくなってしまったといってきます。相棒が降りたいと言い出すのではないかとヒヤヒヤしながらも、小指を使わずに登ってくるように指示します。このピッチはなんとか登り切ってもらったが、もうリードはできそうもないというので、私がリードを続けることにします。

レビュファールートだったら、そろそろ易しくなってくるはずですが、この直上するルートは人工はいやらしいところが多いし、フリーも非常に難しいものでした。必死で登っていたのでピッチ数がわからなくなってしまいましたが、相棒の話だと3ピッチあったそうです。被り気味の深いコーナーに不安定な体勢でカムをセットするピッチでは非常に疲れました。
またあるピッチでは途中でギアを使い果たしてしまい、きわどいバランスで下まで降りてビレーするなどの大奮闘で手の甲はキズだらけとなって血が吹き出し、ギアや服にも血のりがべっとりついてしまいました。

ようやくテラスに着き上部を見上げると、傾斜も少し落ちて終了も間近という感じとなりました。時刻は7時過ぎですが、まだ充分明るいです。振り返れば憧れのグランドジョラス北壁が夕日に照らされて眼前に眺められます。ウォーカー稜にはべったりと雪がついていて、とても我々の力では登れる状態とは思えませんでした。

ずっとリードを続けてきて精神的にも相当疲れたので、相棒にリードをお願いすることにします。ここからはやさしいだろうと思ったにもかかわらず、相棒はものすごい時間をかけて登っていきます。9時を過ぎてあたりは暗くなってきましたが、すぐに満月が現れましたのでライトを着けなくても登れるほどでした。このピッチのフォローを終えると、また私がリードします。雪まじりの壁を登っていきますが、途中のトラバースするところでバランスを崩してこの日2回目の墜落をしてしまいます。こんなところで落ちるはずはないのですが、肉体的にも精神的にも相当消耗してしまったようです。

カムはしっかり効いていたので事なきを得ましたので、登り返すよりも左にトラバースする方に活路を求めることにしましたが、その結果、ザイルが激しく屈曲する形となって、えらい苦労することになります。トラバースすると残置があり、そこからやや登ったところに小さい足場があったので、ピッチを切ることにしましたが、ここでザイルが極端に重くなってしまいました。
墜落を止めてくれたカムのところで大きく屈曲していること、新品のザイルでキンクしやすいこと、二本とも同じカラビナを通していることのザイル同士の摩擦が重なって、ザイルの引き上げだけでもクタクタになってしまいました。下からは相棒にガミガミ文句を言われるし、時間だけが空費していきます。相棒がビレー点まで上がってきた時にはなんと零時を回っていました。

 
8月10日(ミディ南壁2日目)

 このピッチのザイルの引き上げで精魂を使い果たしたので、ここでビバークして朝を迎えることにしました。ビレー点の岩と隣の岩との間がチムニーのようになっていて風も当たらないように思えたので、その雪のつまった割れ目がビバークに適しているのではないかと話すと、相棒は整地してくると言って下へおりていきます。
相棒が整地している間、半ば放心状態で下の一般登山路脇のテント場を見ていると、いっせいに明かりがついて、モンブラン目指して列をなして登っていくのが見えます。富士山で御来光を拝むように、モンブラン頂上で日の出を迎えようとしているのでしょうか。

整地をしていた相棒から声があり、足元に大きな穴があって、そこから風が吹き込んでくるのでビバークには適してないし、その穴から垂れ下がった私のザイルがどこかにひっかかってしまい回収できないと言います。
相棒はビレー点でビバークするというので、交代で私が下に降ります。下でザックを降ろして中身を取り出しているときに、セーターとペットボトルが例の不思議な穴に吸い込まれて消えてしまいました。
朝から飲まず食わずに近い状態だったので、ショックは大きかったですが、朝になってから少し頑張ればいいんだと思い直すと、少しは気楽になりました。どうも疲れと脱水状態が加わって高度障害にかかったみたいで何度も吐き気をもよおしますが、何も食べてないのでもどすものもありません。明るくなるまでの間、自分のザイルをなんとか回収しようと努めますが、ひっかかってしまたザイルはビクともしません。やむをえず、自分のザイルは放置して、残りのピッチはシングルザイルで行くことにします。

まんじりともせず立ったまま胴ぶるいを続けていましたが、明けない夜はありません。やがて明るくなってきましたので相棒のリードで出発することになりました。暗闇の中では遠くに見えたヘッドウォールも明るくなってみると、すぐ真上です。もうルートも困難なところはありません。相棒のところまで達して、多分これが最終ピッチになるだろうと期待しながら私のリードに代わります。

簡単な人工を登ってフリーに移るとどんどん傾斜が落ちて絶頂が見えます。右手には展望台の観光客がこちらに手を振ったり写真をとったりしています。実働17時間でなんとか完登することができました。スタイルはどうであれ今回の目的をとにかく達成できたという喜びがジワっと湧いてきます。

頂上から展望台へは途中の何カ所かの支点を利用して斜めに懸垂で降りるのが正解なのですが、なにも考えずに真っ直ぐ降りてしまいましたので、展望台よりもずっと下の方に降りてしまい、岩を利用しながら雪の斜面を這い上がるという無駄な努力をしてしまいました。

展望台でガチャの整理を済ませてからロープウェーに乗ってシャモニに戻りました。駅前のレストランで例によってビールで乾杯しましたが、食欲旺盛な相棒に対して私はほとんど食べられず、ただ脱水状態だったのでビールだけは3杯も飲んでしまいました。早くテントに戻って横になりたかったのですが、相棒が帰りのバスを確認するために駅まで行くというので、しかたなくトボトボと後をついていきます。結局、駅までいっても何も情報を得られず無駄足に終わりました。相棒が明日の朝、駅にまた確認しに行ってくれるというので、その日はキャンプ場に戻り、バタンキューで寝てしまいました。


8月11日(ガイアンの岩場を見物)

 早朝に相棒が駅までバスの確認をしに行ってくれます。その間、一眠りしていると相棒が戻ってきて、説明が今ひとつ要領を得ないのですが、とにかく明日のバスは心配ないとのことでしたので、その言葉を信じて安心することにしました。

私は依然食欲はありませんが、昨日よりは多少は元気も出てきましたので、予定どおりゲレンデに出かけることとしてバスに乗り込みます。目的地で下車してゲレンデを探しますが、結局わからずじまいとなり、一度シャモニに戻って有名なガイアンの岩場に行くことにしました。

ガイアンの岩場ガイアンの岩場はシュモニから歩いて30分くらいの川沿いにある100メートル近い高さの岩場で、傾斜もきつくなく、全体としては難度はそれほど高くはないように見えました。丁度、数日後にガイド祭りが開かれるらしく、その準備作業が急ピッチで行われていました。モンブランを登り終えて、明日からはツエルマットに移動するという関西の4人組と会い、少し話しなどをしました。シャモニに来て観光客以外の日本人に会ったのは結局、彼らだけでした。

ホールドをまともに保持できないくらいミディのダメージ(体力と手の損傷)が大きかったので見物だけにとどめ、そのうちに雨がパラパラと降ってきたのでシャモニに戻ることにしました。雨はだんだん強くなってきます。今回は前半に天気に恵まれたことが成功の最大の要因だったので、後半の雨は喜ぶべきことなのですが、明朝のテント撤収の時はやんでくれないかとつい願ってしまいました。

シャモニでは最後の晩餐だということで、洒落たレストランに入りましたが、フルコースを食べるほどの食欲もなかったので単品を注文してビールで乾杯して最後の夜を過ごしました。


8月12日

 願いも空しく雨の中の撤収となってしまいました。暗いうちから駅に着いてジュネーブ行きの始発バスを待ちますが、時間が来てもいっこうにバスは現れず他の乗客もいません。結局、次のバスに乗りましたが、行きのバスとは会社が違うということで往復乗車券の帰りの分は使えずに新たにキップを買わなければなりませんでした。まあ異国の地で言葉もままならい我々としてはこの程度のことは仕方ないとあきらめるしかありません。これでジュネーブまでは帰れる目途がついたので、次の課題は税金の還付手続きができるかどうかです。

スネルスポーツで作ってもらった還付の書類を国境で提出して手続きすると聞いていましたので、運転手に確認しましたが、空港でやるのだといいます。まあしょうがないから言われるとおり、空港でやることにしました。

空港ではチェックインを済ませてからパスポートを提示してフランスの税関で手続きするところまではまあ順調だったのですが、手続き時に係員に見せた買い物(ザイル等)を預けるために再度チェックインのところに戻ろうとしてもどうしても戻れなくなってしまい、空港中を右往左往して大いにあせりました。どうもイミグレを通らずに「出国」してしまったようです。こうなればチェックインのところに戻るには「再入国」するしかありません。そしらぬ顔をしてイミグレにパスポートを見せてチェックインの所まで戻り、荷物を預けることができました。

朝からトラブル続きでしたが、ここまで来れば、後はロンドンで乗り換えて日本に帰るだけだとその時は軽く考えていて、前途に大きな暗雲が漂っているとは想像だにしませんでした。ジュネーブを出発した時から遅れていたBA機はロンドン空港に着陸しても立ち往生したままで空港ビルの方には進みません。もう乗り継ぎ便の出発時間はとうに過ぎてしまい、予定どおり帰国できないことは明白でした。

ここまで来ると、もう腹をくくるしかありません。やがて空港ビルに降り立つことはできましたが、行きの時には考えられない警戒の厳しさに何か異変が起きている気配は感じたものの、世界を震撼させたテロ未遂事件が発生していたとは全然わかりませんでした。二重三重の厳しいセーフティーチェックと代替便の確保に半日近くかかりましたが、一日遅れで日本に帰れることがわかったときはホっとしました。空港の待合室で一夜を過ごしましたが、ミディのビバークと比べれば天国のようなものでした。最後になってトラブル続きとなってしまいましたが、終わってみればこれも楽しい(?)思い出となっていくのでしょう。


~クライミングを終えて~

 装備に関しての事前の情報収集では60メートルザイルの必要性を感じて現地購入を行ないましたが、我々が登ったルートに関していえば50メートルでも特に不都合はなかったという気はします。
事前の準備で一番迷ったのはプラブーツを持参するかどうかでしたが、今回のようなフラットソールだけで登れるルートでアプローチや下降でも雪道を長く歩かなくてよいのであれば、運動靴に出っ歯アイゼンという組み合わせが最適のように思えます。

もっとも、プラブーツを持参していれば、ルカン南東稜も多分登れたでしょうが。今回はピッケルとハンマーを持参せず、アイスバイルのみとしましたが、この選択は正しかったと思います。カム類は充分に携行したのですが、ミディにはほとんど持っていかずに大失敗でした。やはりカム類は多少、多めに持っていくくらいの方が結果的には正解となると思います。今回も、エイリアンを充分持っていけばレビュファのオリジナルル-トをもっと良いスタイルで一日で登り切れたのではないかと悔やまれます。

食料に関しては基本的にはなんでも現地で購入できますので日本から携行する必要はないと思います。ただビバークを予定している場合にはジフィーズなどを若干持参してもよいでしょうし(スネルスポーツでも入手可能かどうかは未確認)、我々よりも長期に滞在する場合には個人の好みに応じた嗜好品なども必要になるかもしれません。

技術的には特殊なルートでない限りはそれほど高度のものは要求されませんが、屏風あたりの長いルートを荷物を背負って登ったり、みずがきのベルジュエールを4時間以内で登れることができれば心強いです。

体力的には富士山の5合目駐車場から頂上まで4時間内で登れることがアルプスのロングルートを登るための最低限の条件といえるでしょう。また今回は富士山とほぼ同高度だということで甘く見て失敗してしまいましたが、やはり直前に1回は富士山頂上付近で1泊することをおすすめします。

今回、ミディ南壁をともかく登れたわけではありますが、これで満足したという気には全くなれません。特にミディを登っている間、いつも背後に聳えていたジョラス北壁の美しさが心をとらえて離しません。来年はウォーカーを登りたいというのが今の熱い願望です。そのためにはかなりのトレーニングを必要とするのも事実ですが、それだけの努力に値する存在であることには間違いありません。
(vibram 記)
 

2006年08月16日

南アルプス 北岳バットレス四尾根主稜


7:30 府中本町出発~(車)~夕食~(車)~10:30 芦安駐車場にて幕営 bガリー大滝取付まで偵察3:30 起床
5:10 芦安駐車場~(バス)~6:10 広河原 休憩

6:35 広河原出発~(大樺沢登山道)~9:12 二俣 休憩(登攀装備以外デポ)

9:43 偵察~(大樺沢登山道)~11:50 バットレス沢(大岩) 休憩

12:16 バットレス沢(大岩)~(アプローチ)~13:45 bガリー大滝取付き 休憩

14:06 bガリー大滝出発~(二俣経由)~15:26 白根御池小屋 幕営


バットレス沢上部を詰めるバットレス沢とC沢の中間にあるアプローチ踏み跡白根御池小屋幕営地


朝焼けの中バットレス沢上部を詰める1:30 起床

3:00 白根御池小屋出発~(登山道)~3:22 二俣

トラバース道で木の根元を乗り越える箇所多々有り(御池小屋からは下りが多い)。

3:22 二俣~(登山道)~4:10 バットレス沢(大岩)  

二俣からの雪渓の横断はシュルンドに注意が必要。大樺沢沿いに部分的にザレ場があるジグザグ道を登っていく。

途中10~15分くらいの所にヒドンガリー(涸沢)がありバットレス沢と間違え易いが、バットレス沢の目印は下部に3~4人程度休憩できるスペースのある大岩が登山道脇にある事と先の小さな尾根を越える(10~15m上)と水の流れるC沢に出合うことで分かる。

右手前から望むbガリー大滝4:10 バットレス沢~(アプローチ)~4:40 バットレス沢滑滝(涸滝) 休憩

バットレス沢とC沢との間の樹林帯の尾根の踏み後を伝って登ってゆく。荒れている急登。樹林帯を抜けるとバットレス沢に合流。

滑滝手前にかなり悪いガラ場有り。滑滝からはbガリー大滝が目視できる。休憩。装備装着。

正面から望むbガリー大滝4:50 バットレス沢滑滝~徒歩~5:40 bガリー大滝取付き

滑滝からは右岸沿いの草付きのザレた踏み後をジグザグに登る。非常に悪く、下りには使いたくない悪い道。

途中から左にC沢の雪渓が見え、2尾根の突端が現れる。完全なザレ場になりbガリーの大滝に突当たる。

大滝前には脆い岩場および雪渓がある。岩場を乗越し、雪渓の左側を2尾根沿いに回りこむ。足場は非常に悪い。

大滝を右へ少しトラバースした30㎝位のバンドでセルフビレイをとる。

- アプローチ bガリー大滝 -
5:46 bガリー大滝~登攀~6:49 bガリー大滝上部

bガリー大滝1ピッチ目
本来のビレイ地点は雪渓の下のクラック沿いのため、その上部左側からトラバースしてクラックに取付く。

今回はトライアングルフォーメーションのダブルロープクライミングで、オーダーは全ルートのリードをm3nbさん、フォローがtomo、ラストはヒロリンさんで登攀開始。

このピッチはクラックに行き着くまでの右上しながらのトラバースが核心。

クラックに取付けば問題はなかった。

草付きの凹部スラブ。細かいスタンス、ホールドを拾ってゆく。難しくはない。

6:49 bガリー大滝上部~草付き~ルンゼ~横断バンド~C沢

第二尾根上部から望むC沢ロープを担ぎ、アプローチシューズに履き替えて、ザレた草付きを2尾根沿いに横断バンドを目指す。

途中からルンゼ状の急登のガレ場(非常に悪い)になり、落石を起こしそうなため、お互いの距離をおいて登る。ルンゼの途中で左側の2尾根に延びている踏み後に入る。

樹林帯をトラバースぎみに進み、途中でさらに左に下る踏み跡を発見し、分け入る。

写真中央にC沢向こう側の横断バンドが確認できる
その後、2尾根の樹林帯をC沢側に抜けるが、本来のC沢トラバース横断バンドより20m程高い位置に出て、止む無くザレた急斜面を慎重に下る。

4尾根の取付き地点(赤いペンキのマーク)がいくつか見え、目視できたうちの最も下部の横断バンドらしき樹林帯を目指して、C沢のガレ場を下る。浮石、浮岩が多いので慎重に下る。

8:05 4尾根の横断バンド~草付きスラブ~ピラミッドフェイスのリッジ~9:12 4尾根取付きテラス


横断バンドを30m位入ったところで、左上の踏み後に入り、すぐにテラスに出る。そこから、右側の草付きスラブ(Ⅱ)を登る。

ここで、ロープを出すか悩んだが、結局出さずにアプローチシューズで登攀。

さらに、樹林帯を左上する。途中、右上する踏み後もあったが、踏み後が明瞭な左上を選んだ。

本来のルートは右上する踏み後だったかもしれない。

それ以上左は切れ落ちていてピラミッドフェイスの垂壁と思えるテラスに出る。

- アプローチ ピラミッドフェイス上部 -



偵察のため、ピラミッドフェイスのリッジをシングルロープでm3nbさんがリード。

その後、ヒロリンさんが、ロープをフィックスし、オートブロックでセルフビレイしつつ登る。


ヒロリンさんが登った後しばらく間が空き、最後に登った。

最初のクーロアール的な垂壁がホールド、スタンスとも無くかなり難しい。

支点もなくゴボウかと思ったが何とかクリアした後は特に問題はなかった。

ヒロリンさんとm3nbさんで、このリッジを行くしかないとの結論に達し、またトライアングルフォーメーションに戻して登る。前半は中々手強くⅣ級程度、m3nbさんがリードしている最中、固唾を呑んで見守った。後半は緩勾配の草付きで歩いても登れた。

ついに、正式な4尾根取付きテラスに至る。テントが張れる広さがあり、岩に赤ペンキで4と書いてある。また、写真でよく目にする1ピッチ目のクラックも見える。


- 第四尾根主稜登攀 -
9:22 4尾根取付きテラス~4尾根主稜登攀~13:45 9ピッチ目登攀終了

有名なクラックの登り。ハイステップで右足を最初の幅あるスタンスに置いて、左足をフットジャム。

フットジャムを使わないと、右手でカンテを掴まなくてはならず非常に難しい。

m3nbさんはこのカンテを使用。フットジャムを2回決めて乗り切る。

乗り切った後はスラブ(Ⅲ)で、細かいホールド、スタンスを拾って登る。





右の階段状の岩場からピラミッドフェイスの頭を右に巻くのが本来のルートらしいが、左のスラブからピラミッドフェイスの頭を右に巻いてルートを取った。

簡単な草付きのスラブで、右に巻いた後のルートの記憶は無い。


白い岩のクラック。

緩傾斜だが支点も少なく、ホールド、スタンスとも余りないので、スメアリングを利かせて登る。

メンバーが持参していたトポにはⅡ級と書かれていたが、m3nbさんは「Ⅲではないだろうか?」との弁。

フォロアーとしては気持ち良く登らせてもらった。

フェイスからピラミッドフェイスの頭を巻き終えて、ごつごつしたリッジを第2コルまで登る。

第2コルのビレイ地点から中央稜をフリーソロで登っているクライマーを見た。

落ちれば、数百m落下して岩に叩き付けられると思うとゾッとした。

5ピッチ目は核心部の垂壁、ホールド・スタンスともほとんど無い。


お助け紐が掛けてあったので使用させてもらう。

垂壁を越えルート、高度感のあるリッジ(Ⅲ)。

登り易いルートを求めて、右、左とリッジを移動してバットレスの代名詞とも言えるマッチ箱のピークへ。


長くないのでシングルロープで懸垂を行った。もう一本のロープは結んで降りる。

懸垂の方法を変えたので、準備するのにちょっと戸惑う。

もう少し懸垂の方法を検討する必要性を感じた。


コーナークラックからリッジ。支点が余りない。

クラック以外のスラブ上では余りホールドが見つからなかったので、クラック内のホールドを探して登る。

リッジ上は快適な登り。マッチ箱のピークに後続のパーティーが上がってきたのが見えた。

本来はトラバースして凹角のスラブを登るのがルート(Ⅲ+)。

後続のパーティーはこのルートを登って我々を追い抜いた。

1グレード以上違うのだから止む終えないと思うが、追い抜くのはルール違反だ。

我々はスラブ状カンテを登って枯れ木テラスへ。Ⅴのグレードは感じなかった。


枯れ木テラスの枯れ木はちょっと貧弱。中央稜はここからちょっと下り、懸垂下降するらしい。後続のパーティーは中央稜へ。

我々は最後のピッチでリッジを登り、緩勾配のスラブから安全地帯へ。

14:17 終了点の広いテラスでロープを解いて休憩。

14:35 広いテラス~草付き~稜線~(登山道)~15:00 北岳山頂


テラスの左側にある草付きのザレた踏み跡を登って稜線を目指すが、非常に苦しい。足が重い。

クライミング中は感じなかったが疲れているらしい。

北岳の頂上には大勢の一般登山者が様々に寛いでいた。


15:30 北岳山頂~肩の小屋~小太郎尾根~二俣~17:30 御池小屋

山頂では非常に疲れていたが、下りで歩くリズムが安定してくると、体力が回復してきた。

5:30 起床 7:30 御池小屋出発~(下山)~9:15 広河原


広河原について、まずアイスクリームを食べてリラックス。

バスの出発までの間、広河原の元駐車場にある高さ3m程の大きな岩でボルダリングをして遊ぶ。

ルートをひとつ開拓。けっこう楽しい。

10:30 広河原~(バス)~11:50 芦安駐車場

この後、温泉に入り、冷たい桃を食べて帰路に着く。

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■山行を振り返って

今年の夏合宿は、前穂高北尾根隊、北岳バットレス隊の2隊、計9名が同じ日程で山行することになった。

バットレス隊のメンバーがヒロリン、m3nbさん、tomoちゃんの3名に決まり、打ち合わせを含め4回のトレーニングスケジュールを設定したが、6,7月の梅雨空に泣かされ、3人揃ってつづら岩でロープワークの練習をしたのが出かける5日前の日曜日、それほど今年の梅雨はよく降った。

バットレスの計画を立てるにあたり、大きく3つに分けて考えた。

1. 四尾根取付きまでのアプローチ
私個人は2000年9月に昔の山仲間と四尾根に来ており、c沢~下部岩壁を越えてcガリー沿いにルートを求め、結果敗退しているので、四尾根取付きまでが事実上の核心と思っていた。

バットレスは下部岩壁を含め、取付きまでのアプローチが長く、四尾根取付きに出るあたりは特に迷いやすい。

入山日はザックを二俣にデポして、下部岩壁bガリー取付きまで偵察に出掛け、要所に目印テープを付けて来たので、翌日薄暗い中でも迷うことなく、ダイレクトにbガリー取付きへ着いて、幸先の良いスタートを切ることが出来た。

下部岩壁を抜け、横断バンドをトラバース、c沢の上部に出るとガラ場を越えた前方左下に明確な踏み跡があり、その道をしばらく辿り左上し、更に上を目指すとピラミッドフェイスのカンテ付近に出た。

m3nbさんと相談の結果、ここを摘めれば四尾根の取り付きに出るはず、とロープを繋いでトップのm3nbさんをビレーする。姿が見えなくなり、「取り付きに出たー」の声で第一ラウンドの長いアプローチが終了した。

2. 四尾根主稜登攀
梅雨が明けて最初の週末でもあり、『取付きから順番待ち』を避けるため、御池小屋のテント場を3時に出発した。

早立ちが功を奏して、Bガリー取付き、四尾根の取付きともに先行パーティーは見られず、落ち着いて登攀開始、順番待ちや後続パーティーに煽られる心配もなく(一箇所ニアミスはあったものの)、終始私達のペースでクライミング出来たことはラッキーだった。(後で、この日も順番待ちはあったとの情報あり)

クライミングに関しては、毎週船橋ロッキーで練習しているm3nbさん、tomoちゃん、そして私も久し振りに近くの室内ジムへ通って汗を流していたので心配はしていなかった。ロープワークもトップのm3nbさんをtomoちゃんがビレーして、私がルートの確認とロープの整理をしながらスムースな送り出し、が出来ていたと思う。

四尾根終了点で3人を繋いだロープを解いて、第2ラウンド終了。

3. 頂上から御池小屋のテント場までの下山
登攀終了後、『下山途中の気の緩みで事故』という話しはあるので、下山ルートは慎重を期した。

今回初本チャンのtomoちゃんにとって頂上に立った時点で既に12時間行動だったので、m3nbさんの機転で急な下りの草スベリコースを避け、右俣コース~二俣経由で御池小屋のテント場へ戻った。しかし、二俣からテント場までの最後の20分がきつかった・・。

雨の影響でトレーニング不足を感じたのは、クライミングより脚力の方だった。
テント場で缶ビールで乾杯して(うまかったー!)、無事に最終ラウンドの幕を閉じた。

■感想
6年前のリベンジ、四尾根をトレース出来て嬉しい限りです。終了点で繋いだロープを解いて、山頂までの道のりは足取りも重かったのですが、一面に咲くお花畑に救われました。

中でもグンナイフウロがとても多かったので、ネットで調べてみたら和名は郡内風露(ぐんないふうろ)、郡内は山梨県東部の呼び名だそうで、なるほどと思いました。お天気、メンバーに恵まれ、いい山行でした。

ヒロリン




■感想

今回は、連続行動時間が14.5時間という体力勝負の長丁場で、アプローチ、トラバースの急登や悪場、懸垂含めて13ピッチの登攀、休憩は長くて20分程度、極めつけは登攀が終わった後の山頂までの40分の登り。

下りの2時間半で少し楽になったが、それでも非常に厳しいものがあった。僕の中では、7割は体力、3割がクライミング技術だったように思う。

それにしても、m3nbさんとのクライミングは意図しないにも係わらず、難しいルート(Ⅴ級が多い)を選択してしまうのは何故だろうか。まぁ経験になるので満足はしているが・・・。

ヒロリンさん、m3nbさん、お疲れ様でした。そして、アドバイス、励まし等ありがとうございました。これに懲りずに、またバリエーションルート御一緒させてください。

ヒロリンさんには、まだまだ教えてもらうことがいっぱいあるような気がするので、よろしくお願いします。

tomo




■反省と感想

「バットレスの核心は下部岩壁と四尾根取付までのアプローチ」と聞いていた為、入山当日にbガリー大滝まで偵察を行いましたが、残念ながら登攀当日はストレートに取付まで辿り着く事は出来ませんでした。

bガリー大滝を2ピッチで抜けた後、草付きの中に第二尾根をトラバースする横断バンドと思われる踏み跡をメンバーに確認させたにも関わらず、上部ガレ場へ向かってしまった事が第1のアプローチミスでした。

多くのパーティーも上部へ登り過ぎているようで、本来の横断バンドより相当上部にもトラバース道が出来ていて結果的にはC沢側に抜ける事が出来ましたが、正しいアプローチでは無かったと反省しています。

C沢沿いの岩に赤ペンキで四尾根取付の方向が書かれていましたが、そのルートは雪渓に覆われていた為に危険と判断して、下部に確認出来た横断バンドを目指しました。

C沢を渡り横断バンドを30m程進むと踏み跡が2手に分かれ、そこを上部に上がると事前にルート本で確認していた四尾根主稜取付へ登ると思われる場所(小さなテラス)にでました。

テラスの右側より、Ⅱ~Ⅲ級程度の優しい草付岩場をノーロープで50m程登った後、本来もっと右側から巻いて取付へ抜ける筈の個所で、明確な踏み跡に誘われ小さなテラスに到着。取付へ比較的近いと判断出来たのと、上部岩場に真新しい残置シュリンゲが何箇所か確認出来た為、正規アプローチでは無いと判っていましたがヒロリンさんと相談の上でロープを出して登る事を決めました。

結果的に、そこはピラミッドフェースの上部だったようで1ピッチⅤ級程度を登り、後半は緩い勾配を歩くように抜け、第四尾根の取付へ辿り着きました。

第四尾根主稜はリッジ通しの快適な登攀を堪能出来ました。今回の山行は好天に恵まれ、渋滞による順番待ちも無く、非常に良い環境の下で楽しませて頂きました。

反省点として、自分自身、ビレイ点に着いてから「ビレイ点の掃除」をした為に時間がかかってしまったピッチがあった事、渋滞による順番待ちが無かった割にパーティーの登攀スピードが遅かった事など、今後更なるトレーニングにより改良していかなければならない事と反省しています。

全ピッチをリードさせて頂き登攀を満喫出来た事をヒロリンリーダーとtomoちゃんに感謝します。

m3nb


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2006年08月15日

トップページFlash写真集 北岳バットレス画像追加しました。

トップページに掲載しているFlash写真集に、北岳バットレス登攀パーティーの画像を追加しました。

前穂北尾根パーティーの写真集とランダム表示するように設定してありますので、前穂北尾根パーティー写真が表示されている場合は、ブラウザの「更新」ボタンをクリックして再読み込みしてみて下さい。

近日中に、女だけ・かんば北穂登頂パーティーの写真集も追加します。

2006年08月11日

2006 女だけ・かんばの北穂高岳


数字をクリックすると画像が変わります。その際サウンド再生されます。ボリュームに御注意下さい。



ウサギギク
昨年の同時期に竜少年さん、Nobさん、マサさんのサポートで前穂北尾根に登らせて頂き、長年の夢が叶って本当に嬉しかった。

しかしながら北尾根登攀後の前穂~吊尾根~奥穂~ザイテン~涸沢の長丁場の辛さは今でも忘れられない。

イワウメ

私は北穂には登ったことが無く、一度滝谷を見たいと思っていたので、今回は竜少年さんにお願いしてミエリンさんと二人でのんびりゆっくり北穂に登らせて頂くことにした。



■8月4日(金)
梅雨明けの快晴の中、涸沢に向けて出発。今回は北穂へ登るだけで登攀が無いのでとっても気が楽、その上ミエリンさんも一緒なのでなおさら心強い。

横尾までの間、北尾根を梓川沿いから眺めて感無量。本谷橋からの登りはトップの竜少年さんがペースを私達に合わせてくれるのでとても歩きやすい。(Nobさんはゆっくり過ぎて辛そうでしたね。)今夏も穂高に来ることが出来たことに心の中で感謝。

■8月5日(土)
北尾根隊出発後、朝食の片付け等の後、5:30出発。

時間に追われることもなく、お花を眺めてはカメラに撮り、景色を眺めては足を止め、登山をしているという感覚は全くない。

ニッコウキスゲ、サンカヨウ、ハクサンイチゲ、フウロ、ミヤマキンポウゲ、シナノキンバイ、チングルマ、など等、今年も逢えたのね~、と話しかける。

ミエリンさんもいっぱい写真を撮っている。

北尾根隊は今頃どのあたりかしらと眺めるがさっぱり分からない。

クサリ場で待ったりして9:30頂上着。

ミエリンさんに「ここが滝谷よ」と教えられ、スゴ~イ! こんなところ どうやって登るの?夢中でシャッターを切る。

槍ヶ岳からの大キレットもスゴイな~、槍の向こうに黒部五郎、薬師、黒岳、白馬、そして目前に双六、笠ガ岳、常念、蝶・・あまりの素晴らしい光景に言葉なし。

10時に無線の交信を約束していたので電源を入れるが通じなかった。

北穂小屋のベンチに移動、コーヒーを注文する。

正面の北尾根隊、その向こうの南アルプスのバットレス隊、眼下の常念、蝶ガ岳を歩いている筈のT嬢に向かって「オ~イ、みんな頑張って~」と声援を送る。

いつまでも居たかったが11:00下山開始。ゆっくり足元に気をつけながら下った。

下山はこんなに登ったかしらと思うほど長かった。2:00テント場着。

ザイテングラードを何度も眺めて北尾根隊を待った。5:00北尾根隊無事帰幕、本当にお疲れ様でした。

夜中、満天の星をミエリンさんと一緒に眺めた。天の川を久しぶりに見た。

 
■8月6日(日)

竜少年さんをトップに一列縦隊で黙々とひたすら上高地を目指して歩く岳樺隊は(我ながら)カッコイイ!

今年もいい夏休みでした。北尾根隊の皆さん、お世話になりました。

ミエリンさん、ありがとうございました。

(記:ヨーコ)



■感想 シナノキンバイ

2年前、女だけ・かんばでの前穂北尾根の登攀は快適だったものの、吊尾根で雨に降られザイテンから一人とぼとぼとと敗残兵のようないでたち・・

涸沢小屋のテラスで寛いでいる登山客から奇異な目で見られたものでした。

そんな訳で今回は北尾根に触手は動かず、どうしたものかと考えていたらヨーコさんから「北穂に行きましょう」と声を掛けて頂きました。

チングルマ
花を愛でながら名を教えてもらい、山頂から臨む山の名を、夜には満天の星を扇ぎ星座の名を教えて頂き、心と躯に優しい山行がある事を知りました。

ヨーコさんに感謝します。


遥かに途を辿り天と地の織り成す場所へ夢の頂きへ
北穂高の頂にしばし佇み
滝谷から吹き上げる風に躯をさらす
満身創痍のきみのうしろ姿は
夢と希望と誇りのみありて・・

イワギキョウ


ミエリン

2006年08月09日

トップページに「山岳関連ニュース」を追加しました。

右サイドバーに表示している「小屋番Nobの雑記帳」最新エントリー記事表示で使用しているRSS FeedをJavascriptでウェブページに表示するスクリプトを利用して、トップページ最下部に「山岳関連ニュース」の自動表示を追加しました。

表示されるのは、Google News が収集している国内の新聞社や各サイトの「登山」と言うキーワードを含むニュースです。

たまにピントの外れたニュースを表示したり、掲載しているサイト側の問題で記事が表示されない事がありますが、通常は「登山・山岳・クライミング」などに関連する最新ニュースを表示しますので結構便利だと思います。

9日午前2時現在、まだニュースは表示されていませんが、今後どのような記事が表示されるか御期待下さい・・・

サイトデザインを夏山イメージにリニューアルしました。

Movable Type を使用したブログ形式にてサイト・リニューアルしてから早くも約半年が経過しました。

従来、5月春合宿の「白馬主稜登攀」画像を素材としていましたが、この度、夏合宿が無事終了し、早くも北尾根登攀パーティーより山行記録と画像が送られてきましたので、山行記録掲載と共にサイトデザインを夏山イメージにリニューアルを行いました。

各ページのヘッダー画像は前穂北尾根から望む北穂方面と槍ヶ岳です。又、トップページFlash写真集も一番早く山行記録を投稿してくれた前穂北尾根パーティーの画像を素材として作成し直しました。

今後、北穂@女だけかんばパーティー、北岳バットレス登攀パーティーの山行記録が掲載され次第、各パーティの画像を追加していく予定です。

2006年08月08日

北アルプス 前穂高・北尾根登高記

■8月5日 快晴

涸沢の幕営地を竜少年、富士丸、バーボン、Nobの隊列にて出発する。直ぐに5・6のコルへ続く雪渓に入り左端をひたすらコルを目指して登高する。

ガラ場の踏み跡を辿り徐々に高度を上げるに連れて涸沢カールを囲む穂高連峰が朝日に輝き美しい。

一汗をかいたところで反対側に奥又白池を望む5・6のコルに到着した。

この5・6のコルでハーネス等の装備を装着しいよいよ前穂高北尾根の登高開始である。

5峰へは尾根筋の右側の踏み跡をノンロープにて慎重に登高する。5峰の頂上に立つと目の前に4峰の大きな岩峰が聳え立っている。

既に先行パーティーが4峰をノンロープで登っている。この4峰をノンロープで登るのは大丈夫だろうかと不安がよぎる。

いよいよ4峰の登りであるが前を行くNobさんの動きについて行く。

最初は涸沢側の踏み跡を歩き途中から大きく奥又白側に廻り込み浮き石をチェックしながら何とか4峰に到着する。

3・4のコルから見上げる3峰も立派な岩峰であり、若い時にトレーニングに励んだ「鷲ヶ峰」(阿蘇・高岳北尾根)に岩質は異なるが大きさ・形が似ていると思った。

これから核心部の3峰の登高であるが先行パーテイが登高中のため順番待ちとなり1時間半程待つこととなる。

さあ、われわれの番だ。3・4のコルより10m程コンテで登り、しっかりした支点に確保を取りNobさんのリードで登高開始であるが、出だし早々確保の方法を間違え、Nobさんに大きな不安を与えてしまい申し訳なく思った。

1ピッチ目は直ぐ上部の大きな岩を廻り込み凹角状のところを登り込む。

記憶が曖昧だがNobさんのリードでチムニー状のところ、岩がしっかりとしたジェードル状のところとひたすら高みへの恐ろしさを殺しながら2ピッチ、3ピッチ、コンテ登高そして3峰、2峰に立つ。

2峰より前穂高岳の頂上に立つ多くの登山者が見える。2峰の先端の切り立った岩峰を10m弱の懸垂下降で下りロープを解いた。

そこからは歩きで頂上を目指す。やっとのことで前穂高岳の広い頂上に立ち4人全員それぞれ堅い握手を交わす。

自分にとっては30年振りの前穂高岳であり、それ以降登山から遠ざかっていた空白の期間があり、昔のこと・この山の会に入ってからのことなど様々なことが頭をよぎる。

先ずはこのパーティーメンバーでリードして戴いたNobさん、バックアップして戴いた竜少年さん、同行のバーボンさんに心より感謝したい。

この2月にインターネットで山の会のことを知り、58歳と言う年齢、30年間に及ぶ登山の空白期間、酒漬けのなまった肉体・・・等々と不安だらけであったが、2月18日(土)の新小岩での例会への初参加、室内壁でのトレーニング、伊豆ヶ岳・甲東不老山・高水三山のハイキング、三ツ峠山・Jヶ岳での岩登り、m3nbさんの道具選びでの良きアドバイス等と暖かく指導戴いたことが思い出される。


これで登高が終わった訳ではない、長い吊尾根を通して奥穂高岳が高く・大きく立ち塞がっている。

30年前の冬期に登った明神岳・東稜、同じく冬期に仲間と歩いた西穂高岳から奥穂高岳への稜線を懐かしく眺めながら吊尾根へと足を踏み出す。

吊尾根最低コルの少し先からは登って来た「前穂高北尾根」が雄大に見えた。

ひたすら登高を続け、やっとのことで今回の山行での最高到達点である奥穂高岳(3,190m)に到着した。
一休みの後、穂高岳山荘のある白出ノコルへ慎重に下る。

穂高岳山荘にて旧い山仲間が癌で入院生活を行っているので見舞いにと「Tシャツ」を求む。

くたびれた体に鞭を打ち最後の長い・長いザイテングラードを下り始める。

米粒の様な涸沢の多くの天幕がなかなか大きくならない。

それでも涸沢小屋の屋根が見える頃より再度元気を取り戻し、ヨーコさん・ミエリンさんの笑顔に迎えられ幕営地に辿り着くことができた。

12時間を超える長い・長いアルバイトの一日ではあったが北尾根を遣り終えたと言う充実感が沸いて来て大変に嬉しく思った。


■コースタイム
涸沢ベース(4:40)・・・5・6のコル(6:03~18)・・・3・4のコル(7:48~9:15)・・・前穂高岳頂上(11:40~12:10)・・・奥穂高岳(14:23~30)・・・穂高岳山荘(15:07~17)・・・涸沢ベース(17:00)


■感想 

今回登れた前穂高・北尾根は北九州の時に在籍していた小倉山岳会の先輩達(自分は入会前ですが)が昭和40年~41年(年末・年始)8峰より極地法にて前穂高岳に立ったことがあり、その様な経緯もあり今回の北尾根に連れて行って戴いたことを有難く思っています。


40数年も前の冬に多分碌な装備も無くあの3峰を登ったのかと感心した次第です。

この山行には当時の朝日新聞の記者である武田文男さんが同行し、当時の記事の掲載されている本(「山で死なないために」武田文男著/朝日文庫)が、今回の山行前に偶然見つけて購していたこともあり感慨深いものがありました。

その本のあとがきに「中高年も安心して登れる環境づくりを」と言うくだりがあり(平成2年6月24日記)、日和田山での中高年のクライムのこと、中高年や女性の間に登山熱が広がるようになると、これまで以上に安全対策がのぞまれるが、現実は正反対に動いているように思える。

--- 途中省略 ---

そして最後に

「山で死なないために」あるいは「山が死なないために」(環境問題)私たちは、どうしたらいいか、をますます真剣に考えなければならない時代に来ているように思う。

・・・と締め括っておられ、諸々と考えさせられた次第です。

又、翌日の横尾までの道すがら眺めた久し振りの屏風岩でも先輩達が情熱を注ぎ開拓した「東壁・青白ハング小倉ルート」も晴天の中に輝いて見えて嬉しくなりました。

10月には「59歳」と言う年齢にはなりますが、素晴らしい仲間の集う「岳樺クラブ」での楽しい時間を過ごすべく、もう無理は出来ませんが、それなりにトレーニングを積み精進して行きたいと考えています。

(記 富士丸)