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2004年08月25日

私説・中高年のためのネパール登山の教訓

1.食事について

■キッチンシェルパと隊員との調整


僕は今回トレッキングも初めて、勿論ネパールでの登山も初めてであるので、現地にいるときは「こんなものなのかー」と思う程度であった。が、登山にとって「食」は一番大切なことなのである。

それを隊で行くから、隊が日本食をもっていくから、食べられなくなったときには出してくれるだろう、と多寡をくくっていたのが大きな間違いのもとであった。そのため、登頂できなかった、と言っても過言ではない。

隊として、日本食を持った、と聞いていたが、登山中は殆ど我々の食卓には出てこなかった。隊員の殆どが共同食料として何をどの位持ったのかを把握しているのは隊長のみであったし、隊長は全ての責任を持っているので、気が回らないのである。

そこで


  1. 何の食料をどの位持ったのか、を数値化しリスト化すること。
  2. 事前準備として、何をどの位持っていくかを検討すること。これはネパール登山経験者がメインとなって、各隊員と良く調整して決めるべきである。
  3. 具体的な食材の選択の考え方として、食欲がなくなったときに何があればご飯が食べられるか、である。長期でしかも高所まで人手による運搬なので生もの以外のものとなる。
  4. 梅干、各種佃煮、海苔、乾燥食品(お湯で戻すもの)、日本茶、味噌汁、密閉された角煮などが有効と思われる。
    僕は「そんなものかー」と思っていたので、一切食料は持たなかった。これは失敗である。いくら隊を組んでいくのでも、自分の食は自分で管理しないといけないことがよくわかった。他人の目を気にすることなく。
  5. 米は現地調達となるが、キッチンへ高くてもいいから美味い米を用意するように指導する必要がある。
    幸いプルクンヒマールではネパールで最高級品の米を用意してくれたので、臭みや不味さはなかったが、高所で米を炊くことからどうしても日本のような米の飯にはならない。
  6. 朝は必ずお粥でしたが、梅干もお新香漬物もないので、醤油をドボドボとお粥にいれて食べる。これでは胃に良いわけが無い。香の物、佃煮、などがあれば食が進むと思われる。(僕の場合、Oさんから出発前に美味しい梅干しをいただいたのが救いだったが。)
  7. 最初に用意したリストを元に、隊員のなかから食料担当を決め、隊員たちの様子をみながら、隊員と相談しながら、日本からのおかずを出すために、キッチンと常に連携を持てばある程度改善できると思う。

キッチンが朝、昼、夕食と用意してくれるので、その補助食品は自分で用意するものと、隊として用意するものとよくよく検討する必要がある。

2.行動食について
通常日本の山での食事形態は、朝食、夕食として、昼食兼行動食。

行動食は空腹にならないように適度にパンや握り飯などを2時間程度の間隔をもって食することによって、いわゆるシャリバテ状態を防ぎ、快適な登山が出来る。

しかし、今回のネパールキャラバン、登山については、一日3度3度キッチンが用意してくれるので、行動食の類は全く用意をしていなかった。これは失敗であった。

高所で、水を沢山飲んで、しかも食欲がないので、胃腸の具合はあまりよくない。その上、例えば朝たべたら昼迄何も食べない、というのは身体のために余計よくないし、シャリバテ状態がつづくこととなる。少なくとも行動食は自分の分は用意したい。

では、どんなものがいいか。遠隔地でしかも長期なので非常に難しいところであるが、例えば乾燥芋とか卵スープ(お湯は持って歩ける)、フランスパンなどが考えられる。

3.薬について
一番心配していた、利尿剤(DIAMOX)は事前準備さえ上手く行けばあまり必要は感じない。事前準備は後述する。

DIAMOXの入手方法は薬局では買えない、行きつけの医者、医院で内科医に相談すると売ってくれる。僕の場合には10錠300円で売ってくれた。

必携薬品(自分用)として、胃腸薬、消化剤、頭痛薬。僕の場合には正露丸、太田胃散、ヴィオフェルミン、バッファリン。胃腸薬は普段自分が飲んでいるものを持参した。毎食飲む事を想定して用意したほうがいい。バッファリンは少しでも高所で頭痛がしたら飲んだほうがいい。

4.装備について

キャラバン中荷物は運んでもらう。ただし、人が運ぶか、ラバや馬が運ぶかによって違ってくる。 僕らは当初ラバが運ぶことを想定したので、その準備を記す。

荷物(主に70リットル程度のザック)を馬などで運ぶ場合、岩かど、木などに荷物がぶつかったり擦れたりする恐れがあるので、カバーを懸けて紐でシッカリ結ぶ必要がある。

カバーといっても山で使うザックカバーは消耗品として使うには高価すぎるし薄いので直ぐに擦れて破ける。

そこでホームセンター等で適当な袋またはシート状のものを購入し紐、バンドで締める。ただし、キャンプ場に着けば梱包を解く作業と翌朝、作る作業があるので、梱包、解体に便利なものを選ぶといい。

僕の場合には、土嚢用袋売り場で見つけた木屑入れの袋を使って紐で縛った。これは有効であった。

人が運ぶ場合には、ポーターの背中で背負うので擦れたり、破けたりというのは殆ど無い。簡易なカバーでつけて縛っておけば大丈夫だ。

なお、ザックでもいいのだが、大型のダッフルバックは横開きなので中身が全部見えるので、収納取り出しに便利だ。僕はこの次にはそれにしようと思っている。登攀用具などは、その山にあった装備としたい。

5.山の選定について 
今回は未踏峰の言葉にコロリと参ってしまい、参加したが、未踏峰の場合には、不確定要素が多い。そしてわれら中高年にとってはその不確定要素が身体の負担になることが多い。

これから、もし、仮に6000mを目指すならば、未踏峰などといわず、先ず高所になれることから始めたほうが成功率は高いように思われる。それには既知の良く知られた山で先ず経験をしてから未踏峰へというのが順序と思われる。

既知の山は、いろいろな人が登っているので、記録がある、シェルパも慣れている、高所順化のやり方も決まっている、装備、食料などノウハウも相当ある、などの理由である。例えばフレンドピーク6300mなどがいいのではないかと思う。

6.事前の身体づくりについて
高所での一番の仕事は高所に対応できる身体であること。それにはどうしたらいいのか。先にも記したが、食がとれるかどうか、に掛かっている。

胃腸を健在にしておくにはどうしたらいいのか、ということである。食えれば登れる。

僕の失敗は食にあった。だから高度障害になった、と思っている。どうして食に失敗したかの大きな理由に、高所では水を飲んで出すこと。一日に3~4リットルの飲める身体であること。

僕はキャラバンが始まった日から一生懸命水を飲んだ。が意識して一日飲んだ量は2リットル程度であった。飲めないのである。登山計画が出来上がるころ、少なくとも3ヶ月以前から日本にいるときから3~4リットル飲む習慣をつけておかなければ登山には身体が間に合わないと思う。

次回計画書ができたら水、お湯、紅茶、なんでもいいから3から4リットル飲む習慣をつけようと思う。

7.日本にいるときの高所訓練について
僕は登山開始の一ヶ月前から3回富士山に登って一晩山頂で過ごした。また、アミューズトラベル(株)で4000m付近の低酸素経験を3回3時間行ってネパールへ行った。

これは、高所には成功した、と思っている。それは、血中酸素濃度SPO2が4900mでも76%で登山には充分耐えられる酸素濃度であったと思っている。

富士山頂での滞在や北アルプスや南アルプスの縦走なども織り交ぜたらなおいいと思う。酸素濃度60%以下では、危険地帯となるからである。

以上7項目を守れば60歳以上での6000mもけっして夢ではない

竜少年

2004年08月06日

2004 女だけ・かんばの穂高

当初の計画では、初日に北穂・東稜、2日目に前穂・北尾根の予定だったが、金曜日に涸沢入りしたので、初日に北尾根へ入ったほうが3峰での順番待ちを回避できるのでは・・、と急きょ初日に前穂・北尾根へ行くことにした。



4年前に雨の為、北尾根を登れなかったみえりんさんも挑戦することとなった。


■8月7日 前穂・北尾根  晴れ 午後雷雨
■メンバー
ヒロリン、みえりん、あんみつ

■コースタイム
涸沢(3:30)---5・6のコル(5:00~5:30)---3・4のコル(8:30)---前穂頂上(11:05~11:40)---吊り尾根---穂高山荘で雨宿り---涸沢(17:30)

黎明の北尾根5峰
前日に下見しておいた5・6のコルへの道を辿り、徐々に高度をあげていくと、コルに着く頃には目の前の5峰を始め、奥穂から北穂の峰々が朝日に染まり、輝き始めた。

奥又白側の眺めもすばらしく、しばし展望を楽しむ。

05:30 北尾根登攀スタート。5峰は涸沢側のハイ松の中に縦走路のようなしっかりした道があり、特に危険な箇所もなく、5峰のピークに出る。

5峰から眺める4峰は大きなガレキの山で威圧感がある。

前日、涸沢常駐の県警詰め所に寄って、今年の北尾根情報を伺うと、「数年前の地震の影響で4峰あたりのルートは荒れている、浮石、落石に注意」とのこと。

「ロープは持っていますか?」
「はい」

「先行パーティーがいる場合、落石もありますから、ヘルメットはかぶって下さい」
「はい(あたりまえです!)」

「稜線上はケータイが通じますから、何かあったらケータイで連絡してください」
「はい(何かあったらって・・?)」

等々アドバイスされていた。

4峰のガラ場帯を登る
4・5のコルに出て、いよいよ要注意の4峰、ルートを外さぬよう慎重に行く。

涸沢側から回り込んでしばらく行くと、奥又白側に出ていく目印となるこのルート唯一の赤ペンキが見当たらず、みえりんさん、あんみつさんに待機してもらい、少し先まで偵察に行く。

ルートが確認できたので二人のところへ戻り、赤ペンキから奥又白側へ大きく回り込む。

そこから稜線目指して右上していくと前方に張り出している大きな岩があり、それを越えると4峰のピークに出た。


ピークからは涸沢側に踏み跡があり、忠実にたどると3・4のコルに出た。4峰の浮石は心配したほどでなく、まずはひと安心。

ガスかかる3峰
3・4のコルに先行パーティーはなく、私たちのかなり後ろに男女4人の1パーティーがいるだけという北尾根日和に恵まれた。

コルで登攀の準備をする。8.5ミリ×50mのロープにトップ・ヒロリン、セカンド・あんみつ、ラスト・みえりんのオーダーで、セカンドのあんみつさんはアッセンダーのロープマンで登り、みえりんさんがトップのビレーをする。

3峰の登りはいくつかあるらしいが、左側のルートをとり、奥又白側へトラバースして行くと、ハーケンが何本か打ってあり、まずは最初のランナーをとる。

フラットソールに履き替えたのでフリクションもよく効いて、スタンスは安定している。そのまま左上していくと、1ピッチ目の終了点のテラスに出た。

登るわよー!
ロープを張り気味にフィックスしてあんみつさんを呼ぶ。あんみつさんは沢で使用しているというロープマンで快調に登ってきた。

あんみつさんがセルフビレーをとるのを確認してからラストのみえりんさんをビレーし、あんみつさんには引き上げたロープの整理をしてもらう。

3人揃ったところでギアを受け取り2ピッチ目のチムニー横の凹角に入るが、チョックストーン越えはフリクションがよく効くので難なく乗り越え、凹角を抜けたところでピッチを切り、あんみつさん、みえりんさんも快調に登ってきた。

涸沢カールは遙か下…
3ピッチ目はルートを少し右にとったようでロープの流れが悪くなり、短めにピッチを切り、全4ピッチで3峰のピークへ抜けた。

5ピッチ目は安全のため、2峰のやせ尾根も確保することとし、2峰のピークでビレー支点をとり、あんみつさんに登って来てもらい、すぐ先の懸垂用の支点を偵察してもらう。

その間にラストのみえりんさんも登って来たので、そのまま懸垂の支点のところまで進んでもらいビレー解除。

懸垂であんみつ、みえりん、ヒロリンの順にコルに降り立ち、ここでロープをしまい、登山靴に履き替えた。

登攀を終えて
頂上への最後の登りを慎重に辿って行くと、11:05 細長い前穂の山頂に出た。みえりんさん、あんみつさんと握手をしてお互いの健闘を称えあった。

多少時間は掛かったものの、安全第一に充実したクライミングを楽しむことが出来た。

北尾根は75年5月、83年5月(3峰で渋滞の為、3・4のコルより下山)に登っているが、どちらも連れて行ってもらった山行であり、今回は私がリーダーとしての山行なので、北尾根の下調べ、事前の現地情報は充分にリサーチした。

3峰を目の前にして見慣れた感じがしたのは、ガイドブックの写真で繰り返しシュミレーションしていたからだった(笑)



■8月8日 北穂・東稜 晴れ
■メンバー
あんみつ、ヒロリン

■コースタイム
涸沢(6:50)---北穂沢大石(8:00)---東稜稜線上(8:45)---ゴジラの背(9:40)---北穂のコル(10:10)---北穂小屋(10:50~11:40)---北穂山頂(11:45)---涸沢テント場(12:45)

快晴で明ける
今回の山行でみえりんさんの本来の目的は、『涸沢でのんびり昼寝とヒュッテのテラスで穂高の山々を眺めながら美味しい珈琲を味わう』という贅沢な時間を過ごすことであった。

昨日北尾根を充分に楽しんだみえりんさんは、今日はその第一目的である休息日に充てるため、北穂の東稜はあんみつ、ヒロリンで出掛けることにした。

少し寝坊を決め込んで朝5時にテントから顔を出すと、天気は良好、5・6のコルへ向かう道には3パーティーが取り付いていた。

やはり昨日北尾根へ入ってよかった・・。

東稜を目指して…
朝食を済ませ、6時50分にテントを出発する。

涸沢小屋の脇から南稜の登山道をしばらく辿り、北穂沢のガラ場が右に見えてくる頃南稜の登山道と分かれて、東稜に突き上げるルンゼを目指しガラ場を斜上する。

4年前に遊少年(元岳樺)、みえりんさんとここを歩いたときは、雪渓の上をキックステップで歩いて行ったが、今年はまったく残雪がなくガラ場をトラバースしていく。

昨日の北尾根をバックに
稜線に抜けるルンゼは、中央を歩くと足元から崩れる岩屑なので、脇の草付の中の踏み跡をたどり、東稜の稜線上へ抜けた。

今日はあんみつさんにトップを任せるが、不安だと思ったらいつでもロープを出すよう指示して歩き始める。

右は大キレットから槍に続く稜線、左は昨日歩いた北尾根が目の高さに美しい稜線を見せている。

ゴジラの背の核心部
前にも後ろにも他のパーティーの姿はなく、すばらしい展望のなかを東稜の核心『ゴジラの背』に向かう。

『ゴジラの背』は両サイドがスッパリ切れたナイフリッジだが、ホールドもスタンスもしっかりしている。

あんみつさんはクライミング度胸よく、ロープを出すことなくバランスよく通過して行き、懸垂地点に着いた。

脇から回り込めばクライムダウンも出来るが、せっかくロープを持ってきたので懸垂下降で北穂のコルへ降りた。

登攀を終えて
昨日の北尾根に比べればあっという間に終了してしまった東稜だが、昨日の北尾根があったからこそ余裕の稜線歩きが出来たのだと思う。

あとは頭上に見える北穂小屋目指して踏み跡を外さぬよう直上していくと、キレットからの縦走路と合流して北穂小屋の脇に出た。

振り返ると『ゴジラの背』がかなり見下ろす位置にあった。

北穂小屋で珈琲を注文、テラスで目の前の北尾根を眺めながら飲む珈琲は格別だ。

おかえりなさい!
南稜を下山途中、12時に涸沢のみえりんさんと無線で交信して、東稜を無事終了したことを伝えた。

ビールとおでんを用意して待っているとの事・・

それに釣られたわけではないが北穂の山頂から1時間でテントサイトヘ駆け下りて、おでんとビールで2日間の山行の打ち上げをして至福の時を過ごした。

(記 ヒロリン)

■感想
二十歳の頃から何十回も穂高を訪れ、涸沢を知り尽くしているヒロリン・リーダー。私は初めての涸沢。

5年前に岳沢から槍まで縦走したとき、カラフルな涸沢のテントを眺めただけ。小屋泊まりのハイカーで、クライミングそのものに興味も知識もなく自分のすることではないと決めていた。

前穂の頂上でメットを被って反対から登ってきた人々を見ても、全然興味も持たなかった。

クライミングは特別な人たちがやることだと思いこんでいた。高いところに登るのは大好きだったけれど、重いリュックを背負って山に登るなんてとても考えられない。

肩こりがひどく子供たちもほとんど負ぶったことがないのに・・・ とても無理。前穂の北尾根は見る山で、登る山ではなかった。

だからヒロリンさんから計画を聞き、下調べをするように言われた時、「ふ~ん、ここを登るのか・・・」と実感がわかなかった。

穏やかな朝、先頭を行くヒロリンさんのヘッドライトが頼もしい。

ゆっくり着実に登るミエリンさん。5・6のコルに着いた頃には明るくなり、奥又白池が見えた。「こんなところに池があるんだ、あそこに行ってみたい。」と思った。

今日は最高の一日になりそうだ。ヒロリンさんに続いて登り始めた。慎重なリーダー、それに引き替え、私は暢気に景色を楽しみながらルンルンで登っていった。

3・4のコルでハーネスをつけ、ロープマンを使って登り始めた。1ピッチ目の出だしでちょっと焦った。「靴が脱げそう。体がクライミングを忘れている。」

いつもそうだ、最初が怖い。「トップは難しいンだろうな!! ヒロリンさん、よく登ったなあ!」と感心しながら、何とか通過した。

ラストのミエリンさんを待つ間に靴のひもを締め直して気持ちも落ち着き、この後は焦ることなく楽しく登れた。

最後に、大変なミスを犯すところだった。懸垂で降りようとをしたとき、私のルベルソはハーネスではなく、ギアラックに付いたままだった。

ヒロリンさんが気づいてくれた。今回一番の反省点。ルベルソはハーネスに付けたままにしておこう。

前穂の頂上で、女性登山者が私たちを見て「私も登りたい。」と言っていた。連れの男性に「無理だよ!」と言われていたが、彼女も数年後には登っているのかしら。

良きリーダーと仲間がいれば、登れないことはない。最近やっと岩の面白さが分かってきたかな?

翌日はヒロリンさんと二人で北穂の東稜へ。穂高を独り占めした気分。ゴジラの背はホントに楽しく快適に登れました。北穂の小屋でコーヒーで乾杯。

穂高、女だけ・かんばの合宿は予定通りパーフェクトに終わった。ミエリンさんには美味しい食事やデザートまで用意して頂き、大満足。冷やし中華、美味しかった。

三人だけでちょっと寂しいなと思っていたけれど、女だけでノビノビ?! こんなのもたまに良いですね。 

さて次は雪のあるときに、北尾根、北穂の東稜を登りたいな。

(記 あんみつ)


当初の目的は滝谷隊に随行しテントキーパーをしながら涸沢で、日なが一日昼寝をしたり、ヒュッテでコーヒーを飲んだり読書をしたりと贅沢な夏休みに浸りきるつもりでした。

滝谷の発起人が抜けメンバーが減り、3人になってしまった事もあり、折角行くのだから一本登りましょう・・ということで北尾根を楽しんできました。

山から久しく遠ざかっているので涸沢まで歩けるのか不安でした。7月の気温38℃の日、サウナ状態の奥武蔵にボッカ訓練に行ったりしましたが、やはり穂高は遠く、休憩というより午睡を取りながらようやく涸沢にたどり着きました。

20kg近いリュックを背負ったあんみつさんは韋駄天のごとく走り、私より2時間程先に涸沢に着いたようでした。

4年前、ヒロリンさん、遊さんの三人で東稜に登った頃から比べると高所にも慣れ、少しだけクライミングも上達し、気持ちにゆとりを持って北尾根を登る事ができました。

また、私の軽登山靴が崩壊するというアクシデントがありました。上高地から横尾までソールにたくさんの亀裂が入っていても歩行中、変化に全く気付きませんでした。

幸い横尾で休憩中に発見、これまた幸いな事に横尾山荘でモンベルのハイキングシューズを買う事ができました。

今回、快適な山行が出来たのは、一ヶ月以上前から入念な下調べやシュミレーションをしてくれたリーダーのお陰だと思います、ありがとうございました。

(記 みえりん)

2004年08月02日

北アルプス 針ノ木岳と蓮華岳

北ア 針ノ木岳・蓮華岳 花の山旅

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10数年来の山仲間に針ノ木岳・蓮華岳に誘われ、お花が見たくて参加した。今年は開花が早いのであまり期待はしていなかったのだが、蓮華岳のコマクサはまだまだ見頃だった。針ノ木岳では素晴らしい展望と花と雷鳥の親子に出会え、夏山を心行くまで満喫した。
■7月30日(金)   21時、自宅までミツアキさんに迎えに来てもらい、中央道を扇沢までひた走る。1時半扇沢駐車場着。テント仮眠。


■7月31日(土) 
 6時半出発、朝食は大沢小屋で、ということにしてゆっくり歩き始める。
 何度か林道を横切り、沢を渡り、ブナ林を通り過ぎて7:50大沢小屋着。雪渓を歩く為の4本爪アイゼンを500円で貸し出している。朝食をしっかり取り、針ノ木雪渓への登りに備える。
 雪渓までは二度渡渉したが水量が少なくて良かった。雪渓歩きは一時間ほどだったが、雪が融けたところはガレ場になっていて足場が悪く慎重に歩いた。雪渓を過ぎるといよいよお花畑だ。オオダイコンソウが真っ盛り、キヌガサソウ、タカネバラ・・お花に見とれながらゆっくり歩いて12:00針ノ木小屋着。

 とりあえず小屋に申し込みをする。一畳にナント3人!(結局最後は二人になりましたが)。ザックを置くスペースも無い。外で昼食を食べ13:00蓮華岳へ出発。ゆるやかな道を行くと白い岩肌にコマクサがそこかしこに、チシマギキョウ、シオガマ、チングルマ等など。頂上で記念撮影、ガスっていて展望も無いのでたっぷりとお花を楽しみながら小屋に戻った。
 標高差1400mを登って来ているので「よく頑張りました」ということでキリン生ビールで乾杯!(1000円也)。五臓六腑に染み渡りました。夕食にはかれい(魚)の煮付けが出て驚く。美味しかった。


■8月1日(日) 
 4時半出発。針ノ木岳を目指す。傾斜はきついが登山道はしっかりと整備されていて歩き易い。東に爺ヶ岳・鹿島槍が目前だ。5月、真っ白に輝いていたこの二峰は今は深い緑に被われている。足元には花、花、花。5:30頂上着。眼下に黒部湖、そして西に剱岳、薬師、赤牛、水晶、槍、穂高と続く。富士山、八ケ岳も見える。本当に素晴らしい!
 
 それぞれの山の記憶が脳裏に浮かぶ。楽しかったこと、辛かったこと。でも、過ぎてしまえば辛かったこともみんな良い思い出になってしまうから、山って本当に不思議、どんなに辛くても又登りたくなってしまうのですもの。あまりの展望の素晴らしさに頂上に一時間半もいた。

 去り難かったが7:00下山開始、20分ほど歩くとハイマツの中から雷鳥の親子が出てきた。人を全く恐れないで懸命にえさを捜している。しばし見とれてしまった。

 7:50小屋着。雪渓上もゆっくり下って11:50 扇沢着。大町温泉郷「薬師の湯」に寄って汗を流し、帰途に着いた。(記:ヨーコ)